秋の七草
秋の七草を考え出した山上憶良(やまのうえのおくら)は『万葉集』で「秋の野の花を詠める二首」として、
秋の野に咲きたる花を指折(およびお)り かき数ふれば七種の花 (巻8・1537)
と詠い、次の七草をあげました。
はぎの花お花葛花なでしこの花 おみなえし また藤袴朝顔の花
全句これ、植物の名だけで作られた歌は世界でも類がないと思います。日本人が、いかに古くから植物を愛で、親しんだかうかがえます。ところで「朝顔」は万葉の時代に日本に自生しませんでした。長い論争を通じて、ここでは朝顔はキキョウのこととされています。
秋の七草は山上憶良以来変わる事がなく、日本人はこれらの七草を愛で、親しんできました。
キャンパスの陸上競技場の南側のススキ草原ゾーンには、七草を配する意図もあり、七草のうちハギ(マルバハギ)、ススキ、オミナエシ、フジバカマが植栽されました。クズは構内の周縁で見られますので、七草のうち五種の草が観賞できます。今回はキャンパスには生えていないナデシコ、キキョウの花も含めてこのコーナーで紹介しましょう。
ハギ
秋の七草のトップに登場。『万葉集』160種余りの植物の中でナンバーワン。141首登場します。ハギの優美さが万葉人の心をとらえたのでしょうか。
ま葛原なびく秋風吹くごとに
阿太の大野の萩の花散る
作者不詳 (巻10・2096)
万葉時代に植えられたハギはヤマハギやツクシハギ、それにニシキハギやミヤギノハギなど地域によって異なっていたと思われます。
ススキ
尾花の名前で親しまれてきました。『万葉集』にはすすきの名前で歌われているのが17首で、尾花の名前で歌われているのが19首、かやは11首、計47首あります。
さ雄鹿(をしか)の入野(いりの)のすすき初尾花
いつしか妹が手を枕かむ
作者不詳(巻10−2277)
九月は中秋の名月。陰暦八月十五日の満月は月への想いを呼び寄せます。ただし月見の原点は風流からではありません。夜の闇が深かった古代、月は信仰の対象となり、特にこの季節の満月は別格でした。それは農作物の収穫と結び付けられたからです。中秋のお月見は収穫儀式が底流していると考えられます。満月にそえられるススキには魔よけの力があり、農作物が守られるという農耕儀式であったといわれています。
クズ
「くず」の名は吉野山の近くに国楢(くず)という村があり、その村人たちはこのクズの根を掘ってでんぷんを採り、これを売り歩いていたためにこの地名が植物名になったといわれます。その旺盛な生命力から嫌われるようになりましたが、昔は根から風邪などの生薬、葛根(かっこん)を得ていました。蔓は強靭で茎は繊維資源となり、織った葛布が庶民の衣類として用いられていたことを『万葉集』に見ることができます。
太刀の後鞘(しりさや)に入野に葛引く吾妹(わぎも)
ま袖もち着せてむとかも夏草刈るも
作者不詳 (巻7・1272)
ナデシコ(カワラナデシコ)
野の花のなかで最も心惹かれる花のひとつです。カーネーションもナデシコの仲間です。残念ながらキャンパスでは見ることができません。なでしこは「撫でし子」で、花の色も形も可憐であるため、撫でいつくしむかわいい子という意味でつけられたといわれます。江戸時代以降、清楚な日本女性を「大和撫子」と呼びますが、平安時代に渡来した漢種(セ万葉集には26首登場する。うち大友家持の歌が11首と多く、コノハナを好んでいたことが伺えます。
秋さらば見つつしのへと妹(いも)が植ゑし
やどのなでしこ咲きにけるかも
大友家持 (巻3・0464)
オミナエシ
以前は野生をみかけましたが、最近は野生を見ることが少なくなりました。オミナエシの語源は「女飯(おんなめし)」と云われ、その米粒のような小さな花を飯粒になぞらえ、美しい黄花を女子に見立ててつけられたようです。女郎花の名は万葉集では見られません。書かれるようになったのは延喜年間(901〜922)頃からといわれます。
『万葉集』には14首詠まれ、秋の花として詠んでいる歌と、女性を表現している歌があります。
ひぐらしの鳴きぬる時はをみなえし
咲きたる野辺を行きつつ見べし
秦八千島(はたのやちしま)(巻17・3951)
わが里に今咲く花のおみなえし
堪(あ)へぬ心になほ恋ひにけり
作者不祥(巻10・2279)
フジバカマ
中国原産種。奈良時代かその以前に香草として渡来しました。かつては日本の草原に自生していましたが、野生種は今では日本の絶滅危惧種に指定されています。
古名はらん(蘭)、漢名は蘭草・香草などといい、香料や薬草として用いられました。葉を生干しにすると心地よい香りがします。
日本独自の花思考を生み出した万葉の歌人山上憶良。ところが不思議なことに『万葉集』にはフジバカマは山上憶良の一首しか歌われていません。憶良は遣唐使として中国で何年か過ごしてきたため、特に中国から渡来した植物に親近感があって、七種に加えたと思われます。
萩の花尾花葛花なでしこが花
女郎花また藤袴あさがほか花
キキョウ
オミナエシなどとともに秋を代表する草花です。草原からすっと茎を伸ばし、その鐘上花が、青紫の花色と相まって、いかにも秋の訪れを告げる風情を漂わせます。
朝顔は朝露負ひて咲くといえど
夕影にこそ咲きまさりけり
作者不詳 (巻10・2104)
現在のアサガオは「夕影」に咲く花ではありません。もともと日本の花ではありませんでした。夕影に咲く花はキキョウだったのでしょう。
佐藤征男(記)
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