2006,01
福嶋司著『いつまでも残しておきたい日本の森』を読んで
佐藤征男(昭42経)
「都会で暮らしていると「森林」は意識の埒外にありがちだけれど、日本の国土の三分の二は森林で覆われている。当然ながら北から南へ実に多様な森林が成立している。都会暮しの我々を慮ったのか、植樹会の指導を仰ぐ福嶋司先生が「森の気に充ちた」本を出版された。この本をガイドに森林を堪能したい。
例えば珊瑚の海に囲まれた屋久島、植生は亜熱帯から亜寒帯まで見事な垂直分布をなす。ところがブナ林はない。今の日本の植生は六千万年前の第三紀を経て二万年以上前の氷河期を乗り越え成るべくして成った。日本列島はアジア大陸と地続きになったり離れたりで、樹木は南へ北へと移動した。寒い時期に南へ移動したブナは屋久島までは到達しなかったのか。日本列島のダイナミックな歴史を垣間見ながら森を歩こう。福嶋先生のブナへの思い入れは深く、この本の主要旋律を奏でている。
ところで身近な高尾山には九十本弱のブナが生育している。ブナの樹齢は揃って二百年程度、それより若いブナはない。二百年前のある期間に、何らかのきっかけでブナが芽生え、成長できる寒冷な気候が続いたのだろうか。ロマンである。
ブナの北限の地は北海道黒松内である。これより以北になぜブナは進出しなかったのか不思議である。なぜか。定説はない。これもロマンである。ブナは漢字で木偏に「無」と書く。かつては無用の木とされていたからだろう。黒松内町は北限のブナの森を町おこしの手立てにしようと、ブナを木偏に「貴」という字を充て、ブナと読ませている。「残しておきたい森」の多くにブナがある。地球温暖化が進めば、豊かなブナの森は見られなくなる。黒松内町のブナの当て字はあながち荒唐無稽ではない。
私はこの本を懐に日本の森を歩きたい。道に迷う事なく、森はいよいよ陰影と奥行きを増し、素晴らしい自然に出会えるに違いないから。」
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