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『私と自然』

  社会学部3年 坂本裕子

  黒く硬い土にシャベルを突きさす。地中深く下ろされた根のまわりをえぐるように掘る。夢中で土をかき分け、白い根を探す。軍手からしみこんできた土が指先に冷たい感触をあたえる。爪に泥が入りこみ、洗ってもなかなか落ちない。自然薯掘りは、古墳の発掘のように繊細さと忍耐力を必要とする作業だ。

  思えば、東京に長年暮らす私のまわりに土の感触はなかった。道はすべてコンクリート舗装、地元の小学校の校庭もやわらかいゴム製であった。夏場には真っ黒いコンクリートの道から湯気が上がり蜃気楼がみえる。都会の子供が土に触れる機会は、林間学校での自然学習や校庭の隅に小さく造られた花壇だけである。私にとっても、「自然」や「土」、「緑」という言葉は、教科書から学び、遠くまで足を運んで発見し理解する対象であった。土と触れあうことなく育ってきた。そのため、私はリアルな自然を愛することを知らなかった。花屋にディスプレイされたチョコレートコスモスを美しいと思うが、大地に根をはるコスモスの草原を想像することはなかった。商業広告の大樹に珍しさを感じるが、その樹にみなぎっているだろう生命力など思いをはせることさえなかったのだ。

  植樹会の作業では、自然と腰が落ちた姿勢になる。下がった目線で様ざまな自然を楽しむことができる。地中を掘り返すと出てくる蛙やミミズ、足早に地をはうトカゲ。茶色い土の上に幾重にも重なった赤、黄、紫。落ち葉の微妙な色味はこの眼で直接みるのが一番美しい。自然薯もこのキャンパスの地中深く、力強く根をはっている。
自然薯を掘りながら、私は大地を踏みしめる。あるいは、私も、もう一度、地に根をはろうとして踏んばっているのだろうか。

  私はゼミで移民を研究している。移民の人びとは経済社会的、それゆえ精神的に不安定な状態にあるため、しばしば「uprooted(追い出された者)」と呼ばれる。「uproot」の意味を辞書で引くと、「(植物を)根こそぎ引き抜く」と書いてある。大地との関係を断ち切られた都会に暮らす人びとも、同じように不安定な状態にあるのではないか。

  植樹会の活動に参加してから2年あまりがたつ。先日、クリスマス用に売られる赤い花をみて、西本館奥の紅葉が日光に照らされた時のきらめくような赤い色を思い出した。しっかりと大地に根のはった人間になりたい。今、私はそう思っている。一橋のキャンパスは私に自然とともに生きる意味を教えてくれる。        

(2006/12/23)

 
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