フランスから帰国して
植樹会学生理事 法5年 中西晶子
フランスから帰国してもう4ヶ月になる。大きな怪我も病気もなく、とても充実した時間を過ごすことができた。私の留学は如水会のご支援なしでは有り得なかった。まずこの場を借りて深くお礼を申し上げたい。
さて、今回もう一度寄稿文を書く機会を頂き、どのようなテーマで書くか考えてみた。パリに到着したばかりの頃は、とにかく全てが新鮮で、理解できないこともたくさんあった。そのため、前回寄稿文を書いた時には書きたいアイディアが頭の中に溢れていた。だが、今回の寄稿文はそうはいかない。帰国後の逆カルチャーショックがほとんどなかったため、「これについてどうしても書きたい」と思うことがあまりないのだ。ただ、帰国してからずっと気になっていることがいくつかある。そのことについて、この文章を読んでくださる方がどう考えているのか、是非お聞きしたいと思ったので、今回は「健康」をテーマに、日仏比較をしてみたいと思う。
先日、あるテレビ番組で足のむくみについて特集していた。一つの効果的な解消法は階段の上り下りらしい。それを見て、確かに東京では、意識的に利用しなければ階段を使う機会はとても少ない、ということに改めて気付かされた。
東京はとても便利にできている。一日中外出の日でも、エスカレーター、エレベーターを駆使すれば、いくらでも階段を避けることができてしまう。他方、パリではそうはいかない。パリのメトロの駅では、エスカレーターやエレベーターを設置しているところの方が少ないため、足が悪い人も、大きなスーツケースを持っている人も、皆フーフー言いながら階段で頑張っている。また、パリ市内は多くの建物が築100年以上かつゆとりのない構造になっているため、改築をしてもエレベーターは設置していないところが多い。さらに、階段の上り下りだけでなく、歩くこと自体も東京よりパリの方が機会も多く、距離も長いように思う。自分の経験を思い出して再確認したのだが、パリは時間の流れがゆっくりしているため、目的地まで電車に乗らず歩いてしまうことが多かった。駅と駅の間隔が東京よりずっと短いことや、普通の人々の行動範囲が東京ほど広くないことも関係があるだろう。
|
|
|
地下鉄George X駅の入口 |
構内のコンサート風景 |
地下鉄Bir Hakeim駅の
プラットフォーム |
パリではとてもフィジカルになっていることを感じ、私は日常生活の中で運動不足を感じることがなかった。だが、日本に帰国してからは、意識しないと簡単に運動不足になってしまう。運動不足は免疫力低下や成人病の原因となり、医療や福祉にかかる費用の増大につながる。お金をかけて設置した機械たちが、医療・福祉費の増大を招くなんて。歩くことは体全体の筋肉運動である。フランス人はどんなに太っていても、足だけは引き締まってきれいな人が多い。一国の、しかも先進国であるフランスの首都であるパリが、あんなにも街中に不便さを残していることには問題があると思うのだが、東京も、便利さ・効率の良さを追求することが絶対的善ではないという考え方を取り入れてみても良いのではないだろうか。
もう一つ、帰国からずっと気になっていることがある。人々の立ち姿である。東京の人、特に若い人たちの姿勢が悪い。パリの人々の姿勢が特別良かったとは思わない。授業中や食事中の座った姿勢を見ている限り、大きく頬杖をついたり、足を組んだり、椅子から今にもずり落ちそうな体勢でいたりと、姿勢の美学というものは日常生活の中には存在しないように見受けられた。しかし、東京の人々は、駅で電車を待っている時や歩いている時など、立ち姿が非常に美しくない。背中が丸まり、横から見るとS字型になっている。渡仏前はほとんど気にしたことがなかったのだが、帰国してからはとにかく気になってしょうがない。たった一年で、人々の姿勢は変化するものなのだろうか。
一つ原因として思い当たるのは携帯電話である。最近流行りのスマートフォンが人々の姿勢を悪化させているように思われるのだ。そもそも、電話よりもメール機能を、しかもかなり頻繁に使う日本人は、携帯電話を自分の前に構えて画面を見つめる時間が以前から比較的長かった。それが、スマートフォンの普及により、人々が携帯電話を電話以外の機能を利用するために使用する時間が飛躍的に長くなった。スマートフォンは普通の携帯電話よりも重量があり、利用者は自然と低い位置に電話を持つ。必然的に頭の向きも下向きになる。そして、スマートフォンではパソコン用サイトを閲覧できるため、画面を見つめる時間が従来型の携帯電話よりもずっと長くなる。つまり、頭を下に向けた状態で長時間固定されることになるのだ。そうなると、体は楽な体勢を求め、自然と背中が丸まっていく。電車やバスを待つ時間や乗っている時間、つまり立っている時間の多くを携帯電話に費やす習慣のついてしまった現代の人々は、携帯電話を触っていようといまいと、立っている時の姿勢が自然と携帯電話を使っている時と同じ姿勢になってしまっているのではないだろうか。
この点に関しては、フランスの方がましだ。スマートフォンは日本よりも普及しているのだが、依然として人々の利用の中心が電話機能であるため、使用者の姿勢をそれほど悪くする状況にはなっていないのだ。日本とフランスの決定的な違いは、料金設定の相違である。フランスに限らず欧米では、電話通信料が安い。フランスでの一般的な料金設定は、一か月当たり、一時間分の無料通話とテクストメッセージ(メールの様なもの)無制限がついたプランで30〜40ユーロであった。また、通信環境の整備が不十分で、通信速度の遅さや閲覧可能ページの制限があり、スマートフォンを持っていてもインターネット機能を十分に使うことができないという事情もあるようだ。
姿勢の悪さは、体全体に様々な不調を引き起こす。パソコンを長時間使用するオフィスワーカーなら誰もが経験済みと思われるが、肩こり、腰痛、骨盤のゆがみ等、それだけでも辛いのに、放っておくとさらなる弊害を起こす症状が出てくる。
ここまで考えて先日、私は自分の携帯電話を変えた。帰国直後、今スマートフォンにしなかったら最新の技術についてゆけなくなる、との危機感からスマートフォンを買い、9月までずっと使っていたのだが、今月から従来の携帯電話に機種変更した。スマートフォンはとても便利だし、嫌いではない。ただ、維持費の高さが気になったことや、スマートフォンに絶対的に不可欠な価値を見いだせなかったことなどの理由から、普通の携帯電話で私には十分という結論に至ったのである。
携帯電話についても、前半の話と同じことが言えるだろう。便利さの追求だけが全てではない。人々が自然に健康を維持できる環境をつくることは、忘れてはいけない視点だと思う。そんな今日この頃である。
|