一橋大学キャンパスのサクラ
顧問 福嶋司 東京農工大学院名誉教授
時は春。キャンパスにも春が訪れている。この時期キャンパスは「サクラ」で飾られる。ここでは知っているようで知らないキャンパスのサクラについて、私の知る範囲で若干紹介してみたい。
キャンパス内で最も多くみられるのはソメイヨシノ(染井吉野)である。ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの雑種である。葉が出る前にたくさん豪華な花を咲かせることから、大トラ、小トラならずとも楽しめるサクラである。しかし、この種は、成長は早いものの寿命が短い。30−40年が最盛期で、60年を過ぎると老衰期に入るといわれる。国立駅前の大学通りの両脇に植えられているサクラはその多くがソメイヨシノである。植栽時期は現在の天皇のご生誕を記念して1934年から1935年というからもう80年以上、90年位の樹齢である。キャンパス内のサクラはそれよりもずっと若い。樹形、樹勢から判断して、多くが終戦後、それもかなり経ってから何年にもわたって植栽されたものである。各所に生育するソメイヨシノを見ると、幹が腐朽して穴が開いたものや太枝が枯死した衰弱した個体も多い。それらを大切に保育していくことは当然としても、植え替えも考えておく必要がある。
キャンパスの西側地域、野球場の西側の道路沿いにはオオシマザクラを改良した八重桜のカンザン(関山)やフゲンソウ(普賢象)の並木がみられる。そのうち、フゲンゾウは10年程前には新生植樹会初代会長の故岸田氏を記念して植えられたものである。これらの八重桜は一般的に花期が遅く、ソメイヨシノやヤマザクラが葉桜になるころに開花する。現在は樹勢もよく、花の季節には豪華な花を咲かせて「サクラの通り抜け」が楽しめる。また、最近、本部棟の西、ヒマラヤシーダのあったところにシダレザクラが植えられた。この種は長寿命で知られる野生種のエドヒガンが「しだれ」型に変化したものである。幹に縦縞があり、葉が細いことはエドヒガンと同じである。数年後には若々しい枝につく花を楽しめるであろう。
一方、キャンパス内には武蔵野の雑木林に生育する野生のサクラを見ることができる。ヤマザクラ、オオシマザクラ、ウワミズザクラ、イヌザクラなどがそれである。ヤマザクラはキャンパス内の多くの場所で見ることができ、花と葉が一緒に出る。若葉が褐色、成葉は裏が緑白色、葉の周囲に細かい鋸歯があることなども特徴である。在原業平の「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」や、西行法師の「願わくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃」、あるいは、本居宣長の「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」などで詠まれたサクラはすべてこのヤマザクラである。明治初期以降に豪華な花を咲かせるソメイヨシノが売り出されるまでは、サクラと言えばこのヤマザクラであった。享保年間、八代将軍 吉宗の頃、玉川上水沿いに植栽されたサクラもまたヤマザクラであった。特に小金井の玉川上水沿いの桜並木は、新田開発に携わった府中の名主、川崎平右衛門がサクラ見物に多くの人が訪れることを期待し、地域活性化のために植栽したものといわれる。キャンパス内にはヤマザクラと共に伊豆諸島を起源とするオオシマザクラも見ることができる。この種はカスミザクラが海岸型に変化したものといわれ、白い大型の花をつける。葉も大型で厚く、葉の鋸歯は鋭い。房総半島や伊豆半島へは人が持ち込んだという。
少し変わった野生のサクラの仲間がウワミズザクラとイヌザクラである。これらはキャンパスの周囲の林の中に見ることができ、化学実験の時に使った試験管を洗う「ブラシ」を思わせる形で枝(花枝)に小さな白い花をたくさんつける。両種はよく似ているが、花がついている枝にも葉がつき、樹皮が黒いのがウワミズザクラ、葉がつかず、樹皮が白いのがイヌザクラである。キャンパスではイヌザクラの方が多いが、衰弱している個体が多い。
以上が、キャンパス内で見られるサクラであるが、最後に、一つ桜に因むものをご紹介しよう。桜の季節のスイーツとして「桜餅」がある。甘党の御仁には最も季節を感じる一品であろう。桜餅は享保年間(1716〜1745)、八代将軍 吉宗の頃、向島の長命寺の寺男(山本新六)が隅田川堤の桜で葉の利用を思い立ったことに始まるという。桜餅に使うサクラの葉はオオシマザクラである。この種の若葉を葉を塩漬けにして利用するが、今では伊豆半島西部松崎町が全国屈指の生産地である。では、桜餅が関東と関西で異なることをご存じであろうか。関東風の桜餅は餡を小麦粉で包み、それを塩漬けにしたオオシマザクラの葉で包む。一方、関西風の桜餅は、小麦粉の代わりに水に浸し、蒸したもち米を粗めにひいた道明寺粉(どうみょうじこ)で餡を包み、葉を巻いている。桜餅一つをとっても関東と関西では違いのあることはおもしろい。
日本には9種の野生のサクラの種が分布するが、このキャンパスにはその内のヤマザクラ、オオシマザクラ、ウワミズザクラ、イヌザクラの4種(エドヒガンの変化したシダレザクラを入れると5種)が生育しており、日本の低地に分布するサクラのほとんどが見られる。このほかにもキャパス内には別のサクラの品種も植えられていると思われるので、それを探すのも一興であろう。サクラに親しむことができるこの時期、是非、キャンパスのサクラを観察し、併せて桜餅の違いも確かめてみてはいかがであろうか。
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<国立大学通りのソメイヨシノ> |
<西キャンパスの「カンザン」> |
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