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エッセイ:「おじさんである」シリーズ
Zクラス モリカン
50 単身赴任始末記ー男の序列 2006/10/16更新
49 単身赴任始末記ーまちこ 2006/10/16更新
48 単身赴任始末記−のど自慢 2006/09/25更新
47 単身赴任始末記ーネギ泥棒 2006/09/25更新
46 単身赴任始末記―旅立ち 2006/09/04更新
45 単身赴任始末記ー不整脈 2006/09/04更新
44 今世紀最大の悪法 2006/07/21更新
43 日本奇人伝 2006/07/21更新
42 植民地からの解放 2006/07/21更新

 


50.単身赴任始末記−男の序列

 先に結論。 素人がフーテンのような服装をしては危険である。休日は、単身赴任者はいつも一人である。たまには出かける。 そんな時、スーツは似合わない。オンナと逢う訳でもない、何でもいいや。
起き抜けのボサバサ頭も面倒くさい。帽子を被れば分かりゃしない。Yシャツを休日に一枚消費するのは洗濯代が惜しい。Tシャツでもいいや。コートを羽織れば分かりゃしない。 ズボンか!ズボンはパジャマでは不味かろうなあ。
ってなことで、ひげ面で出かけた。

 名古屋は、喫茶店だけは先進国である。第一、空いている。道路は広く、ゆったり感がある。 街往く女性を眺めながら、パイプの煙も乙なもんだね。そんなつもりである。 自分ではカジュアルで芸術家タイプに見えるはずだった。だが、顔と服装がマッチしていなかったのだ。ボコボコに、のしてやりたくなったのだろう。男がからんで来たのだ。

・・オイ!おまえだ。 ・・喫茶店の一角から罵声がする。
・・(ナン?、ワタシ?)・・指で自分を指した。
・・タバコの煙だ。こっちへ流すな!わかったか。 ・・若いヤツが怒鳴っている。

 ムッと来た。どう見ても我が方に年齢差がある。 通常、この国では年功者にはある程度気を遣う。少なくとも突然の叱声などは、むしろ頑固親父の特権である。その逆をいっている。
が、一瞬に理解した。理由は簡単である。芸術家がコジキに見えたのだ。合理的ではある。

 で、無視した。一触即発の空気が流れるのが分かる。
この場合、一瞬のうちに彼我の強弱を判断しなければならない。匹夫の勇は通用しない。 戦力の比較分析をした。コジキ体の服装は大括りすれば迷彩服に近い。既に戦闘モードにある。それとなく彼我の足下を確認する。自分のジョギングシューズの方が勝っている。 和戦(逃戦)両様の備えがあると判断した。余裕?が出た(勝てる!)。  

 残念ながら、この後の展開は尻つぼみに終わった。
罵声男に対して、自分の反対側の若者二名がタバコを吸い出したのである。こちらは営業マンスーツである。髪が短い。先ほどから、予算がどうの粗利がどうのと揉めている。 この煙が、自分を通過して罵声男に達した。理屈から云って、本来はこの煙にもイチャモンを付けねばならない。 結果は、罵声男がさっさと尻尾を巻いて逃げ出したのである。

・・いやはや、安堵である。・・  

 結論。男には序列がある。
黒のスーツが最強だ。ネクタイはライオンのたてがみである。ビジネス手帳に光るボールペン片手に、「何か、問題でも?」と云えば鬼に金棒なのだ。 フーテン姿は分が悪い。二度と芸術家スタイルはやらないことにした。
・・つづく・・


49.単身赴任始末記−まちこ

 まちこ。  町子かも知れない。街子かな。真智子ではなかろう。飲み屋でよく会う。 名前の話にすると、セクハラを通り越して名誉毀損、誣告罪になるから避ける。優に80kgはある。(ホントです)
   パチンコで儲かると、店に花を買ってくる。カサブランカが好きである。(花の名前だよ) 誤解しないでもらいたい。女史は、店のお客である。  
 場末の飲み屋には、得体の知れない客が出入りする事がよくある。
サラリーマンはおよそ、ソレとわかる格好をしている。話もみんな会社の話で、一人では来ない。エライヤツなら、なお解る。キンギョの取り巻きが付いているからだ。 巷の商店主も解る。大体、常連でカネ払いがいい。男に付いてくる女は、この場合範疇から除いてみよう。  

 まちこは、いつも一人で来る。カネ持ちだ。
花だけでなく、果物も買って来ることもある。巨峰とかいう値の張るヤツだ。店の客にお裾分けが出る。アリガタイ。
・・まちこさんからです。・・(ママが出す。)
・・おっ、ありがとう、まっちゃん。・・ ・・(・・・・無言!)
・・ほとんど、笑わないのだ。  

 不思議な現象が、まだある。
まちこが、男と飲んでいる事がある。そいつが、ものすごいダンマリなのだ。帰るまで、殆ど一言もしゃべらない。たまに、話すと蚊の鳴くような声だ。 まちこに云わせると、オカマだという。
・・えええっっっ!!!・・・オ、オカマ?・・・ ・・そんな!、まっちゃん。どうしてそんなのと飲むの? ・・・
・・この店にいくから、一緒に飲もうって電話があったのよ。なのにダンマリでしょ。

 いやはや、驚いた。 まちこには、どうやら亭主はいるらしい。
・・今時分、飲むってのは何ですよねえ。夕飯の支度とかはハア、どうなってエエ?
・・ ・・おおきなお世話なんだよ、アンタ!。いつ飲んだって個人の自由でしょ。
・・ ハイ、そうです。自由であります。はい!  
 そのまちこが、店の客にイジメられたかで、大泣きした事がある。収拾が付かなかった。詳しい理由は思い出せない。 で、相手の客をみんなで追い出した。殆どが、まちこの味方なのだ。 きっと、まちこは「満痴子」なのかも知れない。
・・・つづく・・・


48.単身赴任始末記−のど自慢

 単身赴任には、とんでもないイベントが多い。非日常性のなせるわざだろう。
趣味でもなかった釣りにも誘われた。山歩きにも出かけた。
  単身赴任は、意外と自分の生活範囲の拡大につながる経験があるのだ。自分の場合、高尚なものはない。ひたすら低俗な側面が助長されて来ただけのようだ。
  それでいい、と思ってる。
現代社会では真面目に取り組もうとすれば、高尚な目標は驚くほど多い。
一言で云えば、もっと上に、もっと先にの目標は日常化している。競争社会そのものが日常化しているわけである。あまりに人間がかわいそうではないか。追い立てられて、それで一生かよと思う。

 理屈はいい。先へ進もう。
のど自慢に応募したことがある。予選に出た。結果は落選。
けっこう、カラオケ好きである。飲み屋で酔うと歌が出る。演歌である。
・・NHKが来るんだってさ。出てみない?・・
・・出るって、応募すりゃ誰でも出られるのかね?・・
・・いやあ、そりゃあだめだね。抽選さ。予選だけで約10倍だから・・
そんな訳で、飲み仲間と応募した。
諮問委員会等?を経て、選別してもらうべくデタラメを並べたてた。
・・単身赴任も15年くらいに、サバを読もう・・
・・娘が嫁にいくので、テレビで見せたいってのはどうだ・・
・・いや、婚約者が不治の病で寝込んでることで、そのほうがインパクトがあるよ・・
・・年齢も書くんだぜ。あんた独身かね。いくら何でも公共放送だよ!・・
・・かまうもんか。どうせ遊びだ。みんな出そうぜ・・
  自分だけが予選を通った。それからがたいへんだった。何せ200人以上の大勢である。
それが、次から次へと歌う。いきおい、始めの出だしだけである。
アマチュアは出だしが苦手である。
一呼吸しただけで、よしっと力んだ途端、「はい、ありがとうございました」と終わり。
  それでも工夫してみた。衣装である。まず、ハチマキ。黒ずくめ。Tシャツの袖を切って、ノースリーブにした。
でも、だめだった。のど自慢は、やはり歌が上手でなきゃあ。(あたりまえだ)
  極めつけがある。
休日のイベントとはいえ、自分にも恥がある。勤務先には黙って出かけた。
ところがである。ばれたのだ。
社員の知り合いが出た。せっかくという記念だったろう。ホームビデオを回していたのだ。あれれっとなったろう。どっかで見た顔が歌ってる。
それ以降仕事のやりにくいこと、一年は続いた。とんでもないイベントも度が過ぎるといけない。軽はずみは禁物である。
――つづく――


47.単身赴任始末記ーネギ泥棒

 ネギが、一束500円近くした年がある。
夏場の日照りが極端に悪く米が不足するかと、日本中パニックになった翌年かも知れない。
逆に猛暑の夏が来たのだ。日照りで野菜が暴騰し、ネギに集中攻撃があった。
  自分はネギが好きである。
子供の頃、家が農家だったので、野菜はふんだんにあった。茄子、胡瓜、大根、キャベツ、白菜、ほうれん草、里芋、じゃがいも、豆、そして瓜。
  これらの採り立ては、今思い出しても驚くほど旨い。
諸兄は、ご汁、というのをご存知か。新鮮な大豆で作る。今では、幻のご馳走である。
又、夏、採り立てのキャベツを千切りにする。ただ、ソースをかけて喰う。キャベツが新鮮だから、口の中の粘膜を痛めてしまうくらいだ。ひりひりする。

 さて、ネギである。
・・ネギ泥棒が流行ってるね。・・(テレビでニュースがあった。飲み屋での話である)
・・コメ泥棒もいますよ。・・・
  その頃全国的傾向だったのだ。泥棒がではない、野菜の高騰の話である。
勤務先が近いので、自転車で通っていた頃である。行く道側にねぎが植わっている。
スーパーでは驚くほどの高値で販売している。なのに、ここには有り余る程ある。当然、よからぬ思いが浮かぶ。一本や二本、どうという事はないはずだ、本来は。
  が、謀は慎重をもってあたるべし。時と処を得なければ、徒に世間を騒がす事になる。
・・やめた方がいいですよ。見張ってますから。・・
・・なっ、何を?・・
・・ネギ泥棒が、この辺多いから。投書があったらしいんです、警察に。・・
・・(・・・・息を呑んだ!)・・
先手必勝とはよく云う。先を越されてしまったのだ。泥棒ニュースのあと、お巡りが巡回するようになったという。万事休す。

 漬け物石を、かっぱらった事がある。
蕪を漬けた。重石が要る。自転車で出かけた。畑の道側にあった。角も丸く手頃である。
しかし、手頃過ぎて気味が悪い。何故に、道側にあるか!
畑の目印か?何かの重石?・・・結局、理屈?が勝った。これは所有権を放棄してある。

 帰省した時に、家人に漬け物石の入手法を尋ねた。
・・あれは買うのよ。重さも色々で、取っ手もあって便利よ。何?何か漬けるの?・・
・・いや何、ソノ、ナンダ◆□△※(モゴモゴ)・・
カッパラッタとは云えなかった。サムライは、妻子を共犯にはしないものだ。

・・・つづく・・・



勝手ながら、今回から古い作品を2編づつ連載します。

46.単身赴任始末記―旅立ち

 名古屋では単身赴任だった。
北に電車で20分ほどかかる田舎町だが、東京からすれば「名古屋」である。
ほとんどの経験者が隠してはいるが、単身赴任には失敗談、武勇伝がつきものである。
  まず、食い物である。
うまい、まずいは、自分で作ったものだから我慢して喰ってしまえば、それで終わりだ。だが、始末、後かたづけは、そうはいかない。
  昨夜料理し飲み喰いちらかしたまま、寝てしまった時の翌朝は、どんな自信家でも後悔という悲劇に遭遇する。
二日酔いにでもなっていたら、このまま夜が明けなければいいと、退廃的気分に襲われることになる。
  かつて、電気釜の中のメシを、何日間も忘れて、そのままにしておいた事があった。
カビが生えた。このカビが、炊飯器の内部の金属を腐食し出したのである。
この点、最近の電気釜は丈夫である。誰かの経験談を織り込んだに違いない。

 しかし、楽しいこともある。
自分はうどんが好きである。手打ちうどんを打つ。自宅では家人の規制があり、ほとんど不可能である。家中が粉だらけになるからだ。
  単身なら自由である。つゆをつくり、天ぷらも自分で揚げるので大忙しである。
この時はナイター中継もほとんど耳に入らなくなる。
出来上がった出来損ないの短いうどんをすすりながら、「で、どっちが勝ってるのかな!」と、やっと落ち着く。至福の時である。

 名古屋の夏は、ことのほか暑い。
昨今は、どこでも夏はクーラーがついている。が、形あるものは壊れる。
風呂場の電灯も形あるものの一つである。だから切れる。これが夜中にいっしょに来たことがある。
  真夜中である。翌日まで、対策がない。
風呂に水を張り、真っ暗な中、ぽっちゃりと行水した。
涼水清々、夜半に声なし。隣声粛々、客槽に至る。

 勤務先が近かったので、たまに自転車で通った。自転車は、朝はいいが帰りが難しい。便利なので繁華街もスイスイ通れる。いきおい飲酒運転になる。
  慎重を期していたが、もう少しで終着という、スーパーの前でスッコロンダ。
何気ないふりをして帰ったが、ほほに擦り傷がある。
  困った。明日は会議がある。
絆創膏の茶色い部分だけを、切って張り付け、隠すことにした。肌色に近いからちょっと見だけでは分からない。
しかし、笑うと引きつって目立ってしまうので、翌日の会議は能面冠者で通した。
あいつめ何が気に入らないのか、と思われたに違いない。何とでも思え。

・・・つづく・・・


45.単身赴任始末記ー不整脈

 単身赴任でやっかいなものに、病気がある。
自分は、不整脈持ちである。ほぼ10年になんなんとするくらい病歴が永い。
病状の説明は省略する。知ってるものは知ってるが、わからんヤツは、ああそうかい、くらいしか真剣味がない。
  ところが、おかしなことがある。医者に訴えても、さっぱり当を得ないのだ。
心臓の鼓動が、間違いなくリズムを失する。一時は、このままエンストするのではないかと、恐怖に陥った事もある。
しかし、医者はそれを信じない。
・・それで、今はどうなんです?・・とくる。・・今は正常です、としか云えない。
・・ああ、そうですか。(顔に真剣味がない)

 要はこうなのだ。
  何かのきっかけで、不整脈が起こる。あわてて医者に駆け込む。その時には、そのきっかけは時間とともに鎮静化しているから、心臓は正常に戻ってる。
医者は、証拠がないから信じない。もっともではある。
・・24時間センサーをつけましょう。普通に生活してください、普通にね。
  10年間で、都合3度これをやった。無駄であった。
・・あのですね。不整脈は、普通誰でも少しはあるものなんですよ。人間は機械じゃあないんだから。
・・しかし、間違いなく、相当大きな乱れを感じるんですが。
・・まあ、感じるってのは主観的なものですから。また、何かあったら来てください。
・・??(要するに、心臓がしっかり止まってから来いってことか。このやろう!)
自分の場合、不摂生が続くと起こる。出張続きに睡眠不足、納期遅れに品質クレーム、二日酔いに夫婦喧嘩。三日続くと確率がぐんと上がるような気がする。
医者にも、そうじゃないかと思うんですが、と云ってみた。
・・そう、それですよ。分かってるじゃないですか。
・・(こういうのを医者というのかね。もういい!あんたには頼まん)

 飲み仲間が、心配してくれる。(ほんとは、喜んでる)
・・そうすると、会社をやめる以外、手は無いわけだ。
・・そうそう、そして酒ともすっぱり手を切る。
・・ついでに、奥さんとも別れる。夫婦喧嘩もなくなる。抜本的改善というやつだね。
  何を云いやがる。実感のないヤツは度し難い。

 一病息災とは、よく云う。基準が自然発生的にできる訳だ。ここまでいったら危ないよと、身体がサインを出すのだ。
  教訓。単身赴任は、不摂生の限度を知る絶好の機会なり。

・・・つづく・・・



44.今世紀最大の悪法

 本邦に於ける、20世紀最大の悪法は何か。
最初に断っておこう。これは飲み屋での暴論です、あしからず。

 普通選挙。売春防止法。憲法9条。義務教育、累進課税・・・
まず、普通選挙。20歳を越すと、誰でも選挙権がある。おかしくはないか?
  自分の惚けた母親が介護施設に入っている。まさか、今回の参議院選挙の投票には行くまいな。もし、国民の権利(義務かな?)だから投票して下さい、と連れ出すヤツがいたら、どうする。人道上の問題であるとして、身を挺して止めなきゃならない。
  此と同じではない。同じではないが似ている。二十歳以下はない、というのもおかしい。どうせなら、赤ん坊でも誰でもいいとすべきである。・・赤ん坊は、字が書けない?・親が代行すればいいではないか。
  極論だが、相当な年寄りなどは、誰かが代行しているに限りなく近いのではないか。だいたい、選挙は婦人参政権を無制限に認めた頃からおかしくなった。
  選挙権は、登録免許制にすべきである。自動車免許と同じでいい。無論、年次更改が要る。

 次、売春防止法。
春を売るのは、人類最古の職業だと云われているが自発的だったのだろうか。近代では、人身売買が絡むから一切禁止になったので、何処やらの国の「禁酒法」に似ている。
  何処かの作家が云っていた。撲滅と節度は似て非なるものである。水清くして、魚住まず。この国は、この売春防止法の解除によって、青少年問題はおろか、社会、労働、経済問題の大半を自動的に解消せしむる事が可能なのではないか。
  此を公約に掲げれば、参議院選当選など屁でもないと考えるが如何?。

 第三。云はずと知れた憲法9条。
細かい事は不得手である。一度戦争に負けたくらいで、何で「モウしません」と約束せにゃあならんのか。侵略はしませんなら分かる。朝鮮半島と中国にだけ、気を遣えばいい。
  今後一切、どんな事をされても仕返し、報復はしません。そんな国は、歴史上ない。今後もないだろう。「武力に訴える事はない」のだ、と云うヤツがいる。しかし、そんなきれい事を信じているのは、本邦のバカ正直なヤカラだけだ。
  だから、「米国の傘、日米安保」が必要と云うヤツもいる。経済大国が聞いて呆れる。
そういうタイコモチ的発想だから、欧米の植民地的立場から脱却出来ないでいるのだ。
  いい加減、本邦の歴史を紐解いてみた方がいい。建国以来(あえて、紀元節とは云わない)、他国の属国になったのは、この戦後だけである。
  諸兄は、鎮守の森が泣いているのが聞こえないか。
・・日出ずる国の天子、書をもって日没する国の天子に致す。恙なきや・・対等である。
聖徳太子は、中国の外圧を利用しようとしたとの史的解釈もある。民族とは他と対等とあるべく努力してこそ民族である。外圧とはかく利用すべきで、かの精神を忘るるべからず。
   調子にのって、紙数が尽きた。義務教育以下は次号に譲る。


43.日本奇人伝

 奇人、変人が好きである。
中田英寿(サッカー)が引退するらしい。自分でも驚くほど想像すらしていなかった。
正直、超嬉しかった。自分などを超える想像出来ない奇人=超人を見た気がして、実に清清しい。朝日新聞の彼のホームページメッセージ全文を読んで、涙したのは自分だけではあるまい。

今は昔、小泉純一郎総理が誕生し国会中継の視聴率が上がった事がある。かつて、朝日新聞は「奇人」の特集をやった事がある。思い出すままに述べると、北野武、中坊公平が居り、中田英寿(サッカー)、野茂英雄(伊達公子だったかな?)たちが並んだ。
ホリエモンはまだいなかった。ここに小泉純一郎総理が入っていたかどうか、記憶が曖昧である。A級奇人伝である。

 社会が奇人を喜ばなくなったら、その社会のあり様はいずれ破綻する。
奇人として(そう呼ぶかどうか、はともかく)人生を送りたいとし、かつその様に生きられる世界がなければ、魅力ある生きた社会とは云えない。
  その意味で、本邦の現代世相は極めて危なっかしい。
上の新聞特集にしても、実はその奇人の持てはやし振りを気遣う記事なのだ。日本人の付和雷同振りが悪しき風潮だと書いてあった。奇人がいつの間にか、独善的カリスマになりハーメルンの笛吹よろしく、国民を奈落の底に引きずり込むんだそうだ。
バカ抜かせ!そんな事を云えば、石原慎太郎知事や田中康夫知事はもっと独善的である。
  要するにマスコミは自分たちの予期しない奇人礼賛がキライなのだ。更に、マスコミは自分たちが関与し、創り上げた英雄しか認めない。そこには傲慢極まりない自惚れがある。しかも裏には、記事を売らんかなの商業主義が紛紛として臭う。

本邦は、海に囲まれた農業的単一民族国家だったから独善的指導者に不慣れなのだ。
出る杭は打たれる社会であり、もの云えば唇寒し日本社会なのだ。分をわきまえていれば喰っていけるが、一歩外れると村八分が待っている。
しかし、そんな時代は古い。奇人が大手を振って歩く時代が来なければ現代世相の閉塞感は破れない。一つは教育の問題があり、一つは国民総結果平等主義の問題がある。
建前では個性尊重を云いながら、落ち零れや世間常識に背を向ける異端児を許さないのだ。
  簡単な話。何故、みんなが同じスタイルの幸せでなければならないのか。このジャンルで自分が何度か触れているのは、バカは、好きでバカに生まれた訳ではない、と云うことである。(バカでも、出来れば賢く生まれたかったのだ)
今の国家がバカに対してやっているのは、バカでも何とかして利口になれとしごいているということである。バカに生まれた者にとって、こんな酷い仕打ちはない。
・・恐らく、この理屈も賢く生まれた者には分かるまい。・・

 奇人が流行った当時、いっそタケシを総理に!と云うジョークがあった。それから比べれば、小泉純一郎が総理になり、中田英寿の個人ホームページ全文が朝日新聞に載る時代になったのだ。わが国民も満更ではない、と率直に嬉しがればいいのである。


42.植民地からの解放

 本邦は、米国を筆頭とする有数の経済大国だそうだ。その経済大国が、世界からバカにされつつある。
  少し昔、ジャパンバッシングと云われ袋叩きにあった。コスト競争力(と云っていいだろう)にものを云わせて、集中豪雨的輸出を続けた後の事である。各国が本邦の経済力に恐怖を感じ、その各国の庶民がメイドインジャパンの車に火をかけたのである。
  次が、ジャパンパッシングである。バブルの崩壊で「バベルの塔」は一挙に崩れた。今から思えば、来るべきものが来た観があった。
  その後、失われた10年があったが、陽が昇る黄金郷の復活はまだされていない。
各国はもう期待するまいと、かつての経済機関車に揶揄を込めて素通りの別名を冠するのである。
  そして今や、ジャパンナッシングの別名がある。いずれ、ジャパンペケシングも生まれるだろう、と云うジョークも何処やらで観た。

 ここに(自分の)ひねくれた逆説がある。
ジャパンナッシング結構。今まで、少し急ぎ過ぎた。ここらでちょっと一休みするわ。
一休みして、来し方行く末をじっくり振り返って観よう。
  思えば、太平洋戦争以後、欧米に追いつく事だけが目標だった。しかも経済面だけだ。
文化、精神は、ひたすら千年以上もの歳月を掛けたものを、節操もなく破壊して来ただけに思える。他国に強制されてならいざ知らず、自ら自国の伝統を喜んで廃棄してきた。ソンナ国は、歴史上あっただろうか。
  悲しいのは、実はこの過去の事だけではない。本邦の人民が上から下まで、今もってかの後進国的熱狂や、インフレバブルの残映を追い求めているように思えてならないのだ。

 曰く、景気回復と云う。デフレスパイラル克服と云う。株価回復と云う。挙げ句、グローバルスタンダードの時代と云う。もっともな説に見える。しかし、よくよく考えての事か。
  例えば、もの造りと云う。
この場合、広辞苑的単純な議論ではない。他者より品質がよく、コスト競争力があり、納期も確実な形ある経済的な財(モノ)を大量に生産する事を云う。そしてその方面で食って行こうという、いはば、旧来同様使われ者のビジョンである。
  物財と云うのは、そもそも使う者と作る者とでは、価値を享受する側面において雲泥の差がある。無論、便利有効な物財を生産する者はそれなりの報酬を受けよう。しかし、それは主人分と奴隷分と分ければ、奴隷の分け前に過ぎない。

 本邦もいい加減、植民地から脱却すべきである。
一時はジャパンナッシングでいい。幸い、不自然な殺人ゲームは少しはあるが、国内何処でも暴動の一件も起きていない。狂人的殺人やストレス自殺が後を絶たない末期的症状があるにせよ、それそのものが文化的無理の現れと理解すべきなのである。
  この1世紀、あれ程の辛酸を嘗めた時代がありながら、結局は只ひたすら、主人の為に働くだけの文化が我が民族の行き着く先だ、とは情けないではないか。

 
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