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エッセイ:「おじさんである」シリーズ
Zクラス モリカン
70 変わりゆく日々 2007/06/11更新
69 女は子供を生む機械か 2007/06/11更新
68 スポーツクラブ百態一新 2007/06/11更新
67 通勤電車 2007/06/11更新
66 母の一周忌 2007/06/11更新
65 うなぎ(蒲焼) 2007/06/11更新
64 草津温泉 2007/04/17更新
63 武蔵野台地 2007/04/17更新
62 わずかな違いが分かるようになった 2007/04/17更新
61 中華そば 2007/04/17更新

61.中華そば

 久しぶりに荻窪に行った。
自称ラーメン通である。自論では中華そば、ラーメンは荻窪が一番旨い。
お前は知らないからだ、という御仁がいたらお会いしたい。東京ではこの辺が一番である。店の宣伝になるから、名前は出さない。

 さて例えば、荻窪の北口駅前に「鳥もと」という焼き鳥やがある。
日曜でも昼間っからやってる。旨い。ここで一杯引っかけてから、ラーメンやに行くのが呑み助の定番である。中央線沿線はこの手のB級グルメには格好の地域なのである。
 更に例えば、吉祥寺。伊勢屋は吾が常連である。(もつ焼きや)
この日は、武蔵野線まわりで国分寺方面から乗り込んだ。電車は日曜日なのにオバサン、おじさんからフーテンヤロウまでごった返している。それが、ほとんど三鷹、吉祥寺、荻窪で降りる。新宿、東京まで行くのはかっぺ(田舎モノ)なのだ。

 話が跳んだ。荻窪である。
何が云いたいか。ラーメンやの態度が実に真剣なのだ。どの店もである。
その日は15年ぶりの店に寄った。懐かしかった。当時の味、東京ラーメンである。少ししょっぱい、でも旨い。
ラーメンは最後に汁を飲んではイケナイ、というのが昨今の通説である。身体に悪いからと云うのが理屈である。この店ではこれが出来ない。旨すぎるから我慢できないのだ。
 一日中、行列がある店もある。(以前、B級グルメシリーズで書いたことがある)
とにかく、カネにいとめをつけず、量的にも大なるを注文すると、一杯1,800円はする。ラーメンがである。

 味の記憶や自信というのは、どうしようもなく偏見、自己中になりがちである。
今でも、こんな旨いものがあるかと思うものに「すいとん」がある。家人は信じない。
―それは昔、ものがなかったからなのよ。―という。今喰えば旨いはずがない、と言う
自分はこの説を信じない。自分の味は他人には分からないのだ。

 一方で、自分はワインが分からない。特に赤ワインがぜんぜんダメ。不味いという意味ではなくその上等さが分からないのだ。かつて、到来物のスペインワインで渋みのないヤツに感動したことがあるが、そういう子供のような舌は野蛮人らしいのだ。
白ワインなら少し分かる。大吟醸に似てるからである。(日本酒はわかるのだ)

 で、荻窪の中華そばである。
吾が青春、吾が家族の歴史がある。付き合わされた子供たちの塾通い。流行りに流行ったスポーツクラブにエアロビクス通い。
そして帰りに“オンナと寄ったラーメン屋”である。旨かったなあ、、、その味の記憶は誰にも分かるはずがないのだ。―
―それでいい。―


62.わずかな違いが分かるようになった

 わずかな違いが分かるようになった。
断っておこう。「ちょっとした違いが気になるようになった」のとは、全く違う。
どういう事か、解説しよう。
  食い物の例で云う。旨いものを出す店があるとする。鯖の煮付けでもいい。メシでもいい。諸兄は「ここの昼飯は旨い」という店を知ってるはずである。
でも、その差を旨く云えるかね。
云えるとして、その違いは何か。「わずかな違い」のはずである。
  もつ焼きやがある。その焼き加減がいい。焼き過ぎず、生(ナマ)過ぎずだ。
燗酒が違う。熱過ぎず、ぬる過ぎず。・・これって、普通の酒なんでしょ。・・ここの店って、酒までが美味しいのよね。・・連れていった女の言である。
 
自論による薀蓄を傾けようか。
料理は塩味だけのモノが一番難しい(と云われる)。(塩辛とか、シャケのカマなどは別!)
味が強ければ強いほどいい、とは限らない。弱ければ、トボケた味になってしまう。
酸味もそうだ。料理を出す温度もそうなのではないかと、この頃思い始めている。
  この点、ソースは原則的には「多々ますます便ず」ではなかろうか。いろんなモノを煮込んであって、複雑な味になっていれば、なっているほど“いい。” 洋式文化だからである。

 さて、次の例。
小股の切れ上がった、いい○○○と云う。この「小股の、、、」の「小○○」が分かるかな。
これは、少し、程よく、、、という意味で「小鼻の膨らんだ、、、」とか、「小腹がすいたので、、、」などの用法と同じである。
“小股の切れ上がった”とは、つまり、その、なんだ、青すぎてカチンカチンの○○でもないし、さればとて熟れすぎて、○○っぱなしのようでなし、丁度よい程度にナニしているアレを指す時に使う。
  少し脱線した。戻そう。
何故、この女の姿はいいなと思うか。どこがどう違うのか。わずかな違いなのだ。
即物的で分かりにくい方々むけに、少し論点を変えよう。例えば、後ろから見た場合の尻の位置を見てみよう。
一般に本邦の女性はこの位置が低いといわれている。
しかし、高ければ高いほどいいか。そうでもなかろうよ。欧米人の足の長い女性で、尻がやたら上に付いていると美的バランスに違和感をおぼえてしまうのは自分だけではないはずである。

結論を急ごう。これは文化論なのである。
わずかな違いを美的追求する。中途半端な美しさ、とは違う。丁度いい程度、極端でないところにいくつも美しい点がある。それを本邦人は古来から発見しているのだ。
だから、表題は「わずかな違いの“よさ“が分かるようになった」が正解なのだ。ワカルカナ!



63.武蔵野台地

 所沢に通ってる。
と、いっても東のはずれで、少し足を延ばせば荒川が遠望できる処である。

 唐突だが、関東平野に生まれた育ったおかげでその土地の成り立ちに興味がある。しかも、おそらくは誰も解説したこともない自論を吐くことがある。
家人からは「だから、、なに!?」とシカトされる(それがドウシタ、という意味である)。
  土地の成り立ち?――関東平野には利根川、荒川、多摩川と三川(サンセン)ある。
いずれも東京湾にそそぐ。湾口では江戸川、隅田川、多摩川である。
利根川は古(イニシエ)のむかし、鬼怒川と合流せしめられ犬吠埼にむかうようになった。

  ところで、荒川である。
源流は秩父山地の奥、武甲山三峯神社のその又奥、甲武信ケ岳にある。従って、分水嶺の向こう側は甲斐の国。笛吹川の源流である。
因みに、甲武信ケ岳の名前は甲州、武州、信州から来ている。だから、三国峠なのである。
かの、急に有名になった御巣鷹山が近くに見えるはずだ。
連想する。
昨年、NHKで御巣鷹山の日航機事故をあつかった地方新聞社のドラマがあった。二度放映があったので記憶している御仁もいるかも知れない。
 これは超○秘事項だが、かの群馬県の地方新聞社は上毛新聞といって、前の社長は自分の義理の兄である。女房どうしが実の姉妹なのである。
血のつながりはないのに「放漫経営が得意」で、この点が自分と似ているので親しくしている。

  余談が過ぎた。所沢である。
というよりは荒川流域の西側と云った方がいい。一言でいうと、文化の違いがありそうである。何となく違和感を感じるのだ。関東々々といっても広うゴザンス、という切り口上がある。
  お国自慢めく話だが「武蔵野」とはどの辺を云うか、ご存じだろうか。
入間川の南、狭山丘陵から南に下がってJR中央線沿線から神奈川県との境、多摩川流域までを指す。
一方、荒川流域の東側は中仙道であり、浦和、熊谷、深谷、高崎と続き、木曽路や美濃へと、街道を通じて文化の連鎖がある。
つまり、中仙道や入間川、荒川の東、または北側は武蔵野とは云わないのだ。
 
  土地柄が異なる御仁には実感がなかろう。
簡単に言えば、武蔵野は国木田独歩の「武蔵野」であり、中仙道は島崎藤村の「木曽路は山の中である、の「夜明け前」」なのである。
更に云えば、中仙道や日光街道界隈は博徒、渡世人が跋扈する世界であり、武蔵野とは実際とは違っていても、語感からはどうしても近代文化を連想する世界なのだ。

 ところで、自分はどの辺にて生まれたか。
利根川流域の南に沿って中仙道と日光街道をつなぐ往還道がある。江戸時代からの水田地帯を縫っている。所沢に違和感を持つ意味が、少しは分かってもらえただろうか。


64.草津温泉

 結局、草津温泉に行った。
「東北の奥深い秘湯にでも浸かって、浮世の垢を落としたいね」などど、言うことだけはマシな発言があったからである。
 浮世の垢が着くような暮らしはしていない。(はずである) かすかに人口統計の一員にはなってるだけで、“まだ生きるつもりか”と、日頃、世間からは無視され続けて道端の石ころでも見るかのような視線を浴びている。
  要は、生きてるぞ、というカンジを持ちたいのである。カンジを持ちたいのだから、本来は、むしろ欲望を十分に発露できる方がいい。
例えば男なら、ナニカこう闘争本能やら、征服本能やらを満足させられるヤツがいい。ところが、それが見つからない。
――それで、温泉ですか。少し乖離があるわね。――飲み屋のママの皮肉である。ケッ!

 それで、草津温泉に出かけた。手ごろだったからである。 総勢、ざっと約4名。
友人がセカンドハウスにしているリゾートマンションの一室である。温泉が付いている。
部屋代はいらんと云う。汚すなよ!と、念を押された。マア、へべれけになってトイレでゲロしないようにしなければいかんな。

 工程別に記憶を追ってみよう。
新宿から高速バスに乗る。今日日はバスが安い。誰でも参入自由になったからである。その分、経営が雑になり事故が多くなったが全く気にしない。(われらは、モウ命さえいらない連中である)
 さて、行楽バスの乗客にはある傾向がある。おじ(い)さん・おばさんとギャルである。 突っ張った若者や会社の部長・課長が全くいない。それだけで、ああ、、温泉にいくんだな、、と実感する。
 次。宿に到着。
まず、付近を散策。なぜか、のどが渇いて腹もへった。高名な手打蕎麦やに直行。
――酒だ、酒だ。オヤジ!まず酒だ。――まるで、中山安兵衛である。周りのオバサンが白い目で見ている。“(役に)立たない男連中がいる”そういう目である。昨今は、こういう処でもオバサンが主役なのだ。
「日本は、もう峠を越したのではないか」司馬遼太郎の遺言である。実感する。

 最後、宿で飲む。
セカンドハウスだから料理は自分で用意する。この際と、ふんだんに用意した。
まず、築地から持参した本マグロ。秋田地鶏に高級キノコ入り鍋。料理上手にまかせっきりにしたら、サラダ上手だった。玉ねぎスライスのフレンチ仕立てだが、ピーマン・人参が旨い。更には、京漬物に高級チーズ。とにかく、甚だしく和洋折衷である。
 そして、最後は大吟醸酒。徹底して飲んだ。何せ、今晩は泊りだ。ゲロだけ気をつければいい。
そして、狂ってオンナに電話しまくった。――女!元オンナの女房どもである。
――まあ、いつも主人がお世話になりまして、、、あまり、飲ませないで下さい。――
それでスッカリ、悪酔いしてしまった。でも、ゲロはしなかった。 

――おわり ――


65.うなぎ(蒲焼)

 たまげた。率直に驚いた。高名な鰻の蒲焼やの店名が並んでいる。

 要は、みんなで鰻でも喰おうか、という相談があったのだ。
さる事情があって実行が延引していた。誰ともなく、幹事にむかって「はやくしろ!」の催促があった。
仲間うちではうんちく型の御大(オンタイ)から、業を煮やして「俺なら、こういうところを知っている」の指示があった。その「指示」にその蒲焼屋の名前が並んでいたのである。
一例を示そう。

・ 日本橋「美国屋」・日本橋「伊勢定」(蒸篭蒸)・浅草「前川」(天然鰻)、
・ 上野「伊豆栄」・上野「かめや」、築地「宮川」、神田「きくかわ」(大串鰻)、
・ 赤坂「重箱」(高すぎるのが難点)、京都本店(都内支店)「美濃吉」の鰻、
・ 麻布「野田岩」(待たされ過ぎが難点)、渋谷「佐阿徳」といったところ。
更に、浦和の”鰻や”は「小島屋」・「萬店(まんだな)」・「谷田川」、
”川越”の鰻「六代目 いちのや」、

 好きだねえ、、くらいでは済まないね。これだけの数の店をこなすとすれば、どれだけヒマをかけたのか。費用だってバカにならんよ、コリャア、、、。

 ―年寄ると「ソバやで一杯」ってのも乙なモンだね、などと言う。新宿の「ノーパンしゃぶしゃぶ」の逆である。ギラつくばかりが能じゃないよ、の下町版である。
―男と女が私鉄沿線の繁華街で焼肉を喰っている。間違いなくその二人はデキている。
―ご老体、約二〜三名。高名な蒲焼屋でうなぎを喰っている。お銚子が二〜三本
(アマリ多くない)。定年後のエライさんである。無論、少しカネ持ちだ。

 そうとう年寄ると、好きなモンも喰えなくなるそうな。そんな事なら今のうち何でも喰って死にたい。単純に、誰でもそう思う。ワカルような気がする。
 今は昔、ようやく接待費を勝手に使ってもいい身分になった事がある。
客を送り出した後、シャブシャブ肉を追加させて3皿喰らった事がある。帰りのタクシーの中で、糞が出そうになって死にそうになった事がある。

 川魚は、死ぬほど喰らったことはないが、埼玉生まれの真髄を見せよう。
まず、鯉のアライだね。二人前は欲しい。酒を飲むからである。鰻は胆焼きを2〜3本。
そこで、鰻はしろ焼きを喰う。なまずの天ぷらは後でもいい。
最後は、鯉こくと鰻重と一緒に出して欲しい。帰りにフナの甘露煮みやげがあれば文句ない。―――どうだ。驚いたか、諸君。

 ところで、この5月連休に兄弟4人で痛飲・暴食した。
自分が長兄である。かつては面倒を見るほうだった。今は、逆である。よくぞ生き返ったといえるくらい死ぬほど飲み、かつ喰らった。次は、鰻の蒲焼を死ぬほど喰らってみよう。



66.母の一周忌

 おふくろの一周忌を書いておこう、という気になった。
昨年の夏に逝っている。5月の連休にアブナイという感触があって、兄弟で見舞ったばかりだった。
・ ・まあ、、すぐにというワケではない、という話だ。医者が言ってる。・・
面倒をみてる弟の言である。ところが、あっという間に逝った。だから、少しひっかかってるのだ。当に、間が悪かったとでも言おうか。

 母はいわゆる「もらいっ子」である。実の両親は分からない。実の息子の自分にも、「そのこと」は一切言わなかった。話題にすら出さなかったのだ。
妙だ、と思ったことはある。
「オレの生まれた家はな、・・で、野良(ノラ)番頭をやってたんだ。そこでな、、、」などと、話すことはあったが、やさしい親だった、とか、うるさい親だったとかの話は、一切なかった。自分の記憶では、(母の)母親の話は聞いたことがない。
話したくなかったのか、話すことがなかったのか、、、ツラい話ではある。

 実は、こういう話に妙に縁がある。
一つは、(かつての)自分の不倫相手である。
・ ・わたしね。ホントはもらいっ子だったの。・・むっ?、なっ、なんだ!
・ ・それを、30過ぎてから知ったのよ。(もう、連れ合いもいて、子も二人いるのに)
簡明に事情を言うと、愛人の子だったそうだ。子供を欲しがっていた家庭に引き取られた。
実の男親が亡くなって、実の母親が(さみしくなって)連絡して来たのだという。
育ての親には話していないらしい。
・ ・育てられなかったワケでしょう。(実の)母がかわいそうで、、どんなにか、ツラかっただろうと想うわ。・・(優しいねえ、諸兄、不倫相手にした訳が分かるような気がしないか)

もう一つは、勤務先の後輩である。
こっちは、ムクれて育ての親元を飛び出している。・・これからは、自由に生きる!・・
・ ・要は、この世に不要な人間だった訳ですよ、オレは。・・後輩の言である。(育てた方には責任はないのに!)
気分的には分かるような気がする。ヤケになったのだろう。

さて、そこで“吾が母”である。
――墓場まで持っていく。――という切口上がある。秘密を秘密のまま、闇に葬る意味だ。
母は、明治44年に生まれた。だから、行年94歳である。大往生といっていい。この間、何も感じなかったとは想像し難い。しかし、何を想い、何を捨てて来たのか。
最後は、特養=特別養護老人ホームで過ごした。言葉もロクに発せず、発しても飼いならされていない野生の生き物のようだった。
――ホントはこうだったんだよ。この時はこう考えたんだよ。――と、さぞかし理屈立てて話したかったのではないか。でも、それはやめよう。それがいいんだ。そう決めよう。そう決めた時から言葉を失ったのではないか。

そして、墓場まで持って逝った。94年の間、実の息子にも黙り続けた闇があった。
生まれてくれた息子のためだと想いたい。――それがこの夏、一周忌を迎える。――



67.通勤電車

 朝晩の通勤電車の話である。
以前、少し特殊な事情があり、ものすごく早い時間に乗ったり、昼頃の電車だったりした。
今でも朝はともかく、帰りの電車は早かったり、超遅かったりでバラバラである。転勤、引っ越しもけっこうあったので、地下鉄をあったし、JRもあった。因みに、ゴルフに行くときも電車を使う。自分は自家用車を持たない。
 
ことわっておく。旅行、出張で乗った電車ではない、毎日の通勤である。
何を云いたいのか。いろんな電車に乗った実績――この体験からモノを言っている ――
  しつこいが続ける。
家人がカネの不足で、パートに出ていた事がある。早朝パートといって、朝4時半に起きる。二番電車だった。

 本題に入ろう。
通勤電車は、時間帯で乗る客が違う。あたりまえだ。が、この差がよく見るとけっこう面白い。どうでもいい話題に見える。が、これに好奇心が涌くか、否か。―諸兄はどうかな!
  まず、超早朝。
労働者である。3番方です。これは地下鉄銀座線でも、JRでも小田急でも同じである。
次に、準早朝。どういう訳か、パッとしない男性が多い。女性も、失礼ながら並です。
ついで、標準時間帯。無色透明、人畜無害、スタンダードタイプといっていい。

 最後が、遅番タイプ。これが主題なのだ。ハッキリ云って美形が多い。男も有能、高級取りに見える。超早朝人と、遅番タイプがいっしょに乗り合わせることはない。住む世界が違うのだ。家人は、これでいう第一グループであったわけだ。この分類は分析しないでおこう。
  蛇足を一つ。
昼電車は奥様電車になる。お出かけ電車なのだ。
おすすめしたい事がある。11時前後の電車がよい。無論、休日ではない。一度でもいいから、これに乗って通勤してみるといい。
日本も、ようやく先進国になったな、と豊かな気分になること請け合いだ。ホントです。

 「帰りの部」の電車に、面白いものはない。
強いて云えば、8時前後の電車が、一番空いている。8時まで飲んだのなら、10時まで飲もうということだろう。
  一つ、最近の傾向がある。遅くなるほど平均年齢が若くなる。オジサンが遅く迄飲まなくなったのだ。最終電車に乗ってみたまえ。ガキどもがうじゃうじゃいる。女もいる。
  どう考えても、これは間違ってると思うが、どうだろう。



68.スポーツクラブ百態一新

 また、スポーツクラブに通い始めた。
きっかけは5月の連休にある。することがなかったからである。ほぼ9日間、無為に過ごせば不善を為すに決まってる。
  探せばあるもので、「今なら、入会金要りません。明日から来てもいいよ。支払いは後でもいいよ」という、サビれた場末の飲み屋のような誘いがあったのだ。

そこに、5月連休中、通った。

老体だから、スポーツクラブといっても、みんなと同じという訳にはいかない。

一、 風呂が先である。休日の朝風呂はジツに気分いい(ホントです)。
日曜日の朝はやくは、誰もいない。ワレ、一人である。これでもクラブだから、リラックス用の音楽がかかってる。王侯気分になれる。
  サウナで汗を流すこともある。専門サウナではないから、やくざ風の酔っ払いは来ない。これもいい。(自分がヤクザ風だから、誰も話かけない。―これが更にいい。)

二、 エアロビクスをやる。軽いやつだけ。趣旨は、女性のナニをマジかに感じたいだけだから、ハードな運動はやらない。
   最近、この世界では「ヨガ」が流行ってる。足をケツのうしろに持っていってムリに捻ったり、パっと股を極限まで広げるヤツで、相撲でいう股裂きのムリヤリ版である。
超痛いし、広がらない自分を鏡で見る。極めてカッコ悪い。よせばいいのに、、、と思われてるだろうな、と心底思う。
・・歳をとると外聞を気にしなくなるんだねえ〜〜、、、

三、バーベルを上げる、たまにだが。専門用語ではベンチプレスという。金属の棒に両端に(本来は)電車の車輪のような重りをセットして、寝た状態から「うっりあアアア、、、」とばかり持ち上げる訳である。
   ところで、自分はこの金属棒だけ持ち上げる。重りをつけると持ち上がらないのである。スクワットもやらない。昔はやった。上手だと言われたモンである。
それがどうだ、今はスクワットなどトンデモナイ。重りなしでも、コタツに手をついてヨッコラショっとしか立ち上がれないのだ。

 さて、それで事件があった。
頻繁に水分を補給せよ、というのがこのクラブの社是である。水筒を持って行った。
ポカリスウェットが好きなのだが、147円が惜しかったのである。
で、それを血圧計の側に忘れて風呂に行こうとした。おっと、イケネエと取りに戻った。―ない!。―スタッフの女子にそれを告げた。
―お名前を書いて下さい。見つかったら連絡します。―
―バカやろう。あんなものを持っていくヤツはいない。誰かが気を利かして受付あたりに届けてるはずだ。行って来い!―
で、あったのだ。当然である。
―どうだ。分かったか。サービス業というのはマニュアルじゅあないんだ。臨機応変に客の立場に立つことにある。よく、おぼえておけ!―

スタッフ女子は、泣きだしそうだった。女を泣かせる快感に酔いしれた日だった。

如水会昭和43年会 一橋大学ホームページ 如水会ホームページ 69.女は子供を生む機械か

 「女は子供を生む機械であります。機械の台数は限られている訳だから、(1台あたりには)頑張ってもらわなければいけません」
  レッキとした大臣の発言である。しかも、これらの社会問題(少子化)の担当である。
人間の心理構造やその人間関係に歴史的事実たる心的経験がないのだろう。浮世ばなれと云えば少しはカッコいいが、世間知らずも甚だしい。

 まず、事実に重大な誤認がある。
子供は確かに女性から生まれてくるが、偶然に生まれるものではない。また、頑張ってもらうと言ってもどう頑張るのか。事実関係では、頑張るのはむしろ「男」の方である。
 詳しくイチャモンを附けよう。
 まず、一つ目。
たしかに、子供は女性から生まれてくる。が、この点を詳しく生物学的・医学的に視てみよう。受精した卵子は、女性の体内=子宮内で細胞分裂し生命体に成っていく。
キーワードは卵子と子宮である。しかし、卵子と子宮があれば(女性が頑張れば、)子供はいくらでも生まれるかね。これだけで、子供並みの知識も持っていない人物であることが分かる。
  二つ目。頑張るという意味である。
この男は、満足にセックスをしていない事が分かる。たぶん、相手の女性にめくるめくような満足を与えたことがないのではないか。
多くの環境で多くの年数、女性の身体を相手にし、あの女性の悦びようを観れば分かるはずだ。むしろ、生命の誕生に係わっているのは今・この瞬間の俺(=男)であるという快感を味わえるはずである。
品のない表現で気がひけるが、もてない男は気の毒だねえ、、、。

 最後、三つ目。こっちが肝心である。
本邦、現代社会での少子化は誰の責任か。対象を具体化して考えてみよう。
まず、女性ではないことが言える。女性は子供を産みたいのだ。本来、ふんだんに産みたいのだ。これは間違いあるまい。むしろ周りが悪い。
教育が悪いのである。産まなくていいような育て方をする。結婚は自由だと育てる。挙句の果てにあそべ、アソベの社会風潮である。しかも、いくじのない男がセックスに誘わない、嫁にもらわない。子供が生まれるはずがないではないか。

 具体化すれば「男が悪い」が結論である。国益を想うなら、若い男にふんだんにセックスの訓練を施したほうがいい。選挙権や健康保険・年金ように国民の義務にする。
超具体的提言を一つ。
売春防止法を撤廃し、肉体関係促進法を制定する。性的施設や用具に対しふんだんな補助金を出すべきである。むろん、その手の職業女性には公的な規制と保護を手厚くする。
―本気ですぞ。―



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70.変わりゆく日々

 変わりゆく日々を感じる。
先日、ふとした用件があって神田界隈を歩いた。神田というのは山の手という訳でないが、武家の拝領地があったところである。
明治以降は下町に入るが、浅草近辺のような純粋な下町でもない。まして隅田川の川向う(かつては下総の国)ではない。
一言で分らせるには東京大学近辺か、古本屋街とか言えばいいかも知れない。今の行政区分では文京区と千代田区(のいずれも一部)といってよかろう。
東京大学=本郷は文京区。古本屋街=神田神保町は千代田区である。神田川=外堀を挟んで北側が文京区、南が千代田区である。

 余談ですが、東京大学は加賀藩上屋敷の跡地だとはご存じかな。昔、東大出を赤門出ということがあった。最終学歴が東大である人材をいう俗称である。
何故か。
東京大学には正門の100メートル位南側に赤い門がある。江戸時代の武家の門のようなヤツで重要文化財である。
―辞書による。―−加賀前田家の御守殿門で、文政10年(1827)11代将軍家斉の溶姫(やすひめ)が13代藩主前田斉泰に嫁入りしたときに建てられた。この赤門は災害などを免れて現存している貴重なものです。――
つまり、加賀藩が徳川家から正室を迎えた時に、ヨイショしてソレ用の門をわざわざ設えたんじゃないかな。
余談その2。この赤門と正門の間で東大構内と道路を隔てた反対側が「本郷界隈である」実は戦後、ここに自分の母方の伯父が住んでいた。本郷界隈の顔(カヲ)だったようで、自分は連れられて東大構内に平気で入った記憶がある。記憶にも三四郎池が出てくるのだ。
・・坊も大きくなったら、この学校に入りやあ、・・うん!。・・(子供は、いいなあ、、)

 とにかく、街が変わり果てている。
簡単に言えば、ビル街・オフィス街になっている。全くの感情論だが、ナサケナイ感じでいっぱいになった。
――もう、この国は若くないな。――まじめにそう想う。
(司馬遼太郎のいう)明治国家は若かったと思う。何が若かったか。
例えば、無駄な人間の屯(タムロ)である。ここで言う無駄な人間とは、直接には生産に関係していない群れを言う。
役人、教育者、軍人、そして学生。さらに言えば芸術家や無為徒食のヤカラなど、、これらは、文京区近辺に群れていた。それが、今まったくない。

そも、文化の意味は文化包丁などの安っぽい文化でなく古きよき時代の語感があり、形で残る=目で見える文化の一つに街のありようがある。そういう自論を持っている。
千代田区側の神田は、神田神保町、神田鍛冶町、神田須田町など何かと「神田」の冠をつけて江戸情緒、下町を強調している。が、名前で誤魔化そうとしても無理がある。
例えば、神田川の南には私学の校舎がいくつもあったはずだが、オフィスビルの狭間になったか、見つからないのだ。
しゃくに障ったので、無理やり路地裏に迷いこんでみた。学生相手の下宿はおろか、食堂すらない。これではまるでパビリオンの展示場のようなものである。
―こんな街を残した時代は、ホントにこれでよかったのか。―そういう気がした。―



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