■現在位置:トップページエッセイ「おじさんである」シリーズ
エッセイ:「おじさんである」シリーズ
Zクラス モリカン
90 花見の会 2008/04/18更新
89 夏目漱石論―2 2008/04/18更新
88 中国の将来  2008/03/18更新
87 夏目漱石論  2008/03/18更新
86 国策捜査  2008/03/18更新
85 文化防衛論−2  2008/03/18更新
84 「流れる星は生きている」――藤原てい 2008/01/22更新
83 愛の不毛について 2008/01/22更新
82 藤沢周平論 2008/01/22更新
81 三屋清左衛門残日録 2008/01/22更新
 
 

如水会昭和43年会 一橋大学ホームページ 如水会ホームページ 81.三屋清左衛門残日録

 「日残リテ 昏ルルニ 未だ遠シ」――残日録である。
テレビドラマになったこの小説は、事柄の成り行きを追ってゆき、最後にメデタシメデタシになるものと違う。登場人物は同じだが、短編・小品を連ねており、雰囲気を読者に伝達して感動を誘う純文学の手法に似ている。
まあ、文学論はよそう。要するに、「藤沢周平の世界」である。
諸兄は、残日録を記するような日々をおくっているか。老いさらばえて医者通いでは、そんな気持ちは湧いて来るまいよ。

 ところで唐突だが、この小説には「思い違い」の事実に焦点を当てた話題が出てくる。無論、時代小説だから、いわゆる“侍が出てくる時代劇”である。
しかし、その時代劇的(勧善懲悪)ベースは、状況としての設定を借用しているだけと理解しておいた方がいい。
例を示そう。
ある侍が城の門前で腹を切った。そのとき、何か懺悔の言葉をわめいて死んだ。
今で言えば“うつ”を患った結果の自殺である。“うつ”の原因は、婿養子の悲哀で家庭でのイジメだったらしい。
――まあ、それはいい。
懺悔の言葉である。“もよ”とかいう女子の名を叫んだらしい。すまなかった、とかナントカ。―かつて自分は、ある女子を不幸に追いやった。悔恨の情しきりにして自己嫌悪ここに極まりて、、、ところがですよ。その不幸にした(と思っていた)女子は、アッケラカンと他の男とすばらしく幸せな生活をおくった(らしい)。全く、思い過ごしだったのである。

 貴兄は、これに似た思いを持ったことはないだろうか。
女の事とは限らない。むしろ、その方面よりは「自分の一生を振り返ると、一般にはこう見られているはずだ」という、自分で自分の歴史を鳥瞰する場面である。
思い出すも恥じ入る場面や、できれば忘れてしまいたい程の惨愧の念がいつまでも心を苛むことはないか。また逆に、あの事実だけでも「吾、ここに存セリ」と言える程のことを思い出して、ひとり悦に入ることもあろう。
ところが、である。
 後日、しかも延々とした後日。確信している自分史的事実に触れたところ、「それは、アナタの勝手な思い違いよ」と、全く逆な評価に出会うことがある。

 その1――当時、よく慕ってくれた部下がいたとする。
その後、こっちは定年だ。かの部下はめでたく出世してエライさんになった。よかった。
若いうちから、見どころのあるヤツだったが、オレの引きも効をそうしたはずだ。そう想像していた。
そんな場合に起こる。・・とにかくヒドい上司だった・・などと陰で言われていた事を知る。
知って愕然とする。

 その2−イジメられた事があったとする。イジメが適当でないなら、不当な評価を受けた。
機会があったらぶっ殺してやる、、、とまでは言わないが、何とか仕返しをしたい。そう決めていたとする。ところが後日、全く違う展開があることもある。
不当な評価はコッチの思いすごしだったからだ。不当どころか、ずいぶんと高い評価を受けて妙な感じになることもある。

 残日録。どれだけ残せるだろうか。このエッセイが残日録になる。
「吾、ここにあり」―−思いすごしかな。――



目次へ↑
82.藤沢周平論

 “司馬遼伝“を書いたら、藤沢周平論を書きたくなった。
諸兄は、一平二太郎というのをご存じか。現代オジサンの読書。必須科目である。(らしい)
初めから蘊蓄に入ってしまうのは面白くないが、仕方ない。
一平とは一人の平=藤沢周平。二太郎とは二人の太郎=池波正太郎、司馬遼太郎を言う。いずれも大衆文学、直木賞文学で歴史、時代小説を扱う。
しかも、おおかたは“男”が主人公である場合が多い。だから、オジサンの必須科目になりがちなのだ。
「自分の人生」はこの小説のような人生であったろうか? そう想うのだろう。

 さて、藤沢周平論だが「不思議な事実」を発見している。(と、思っている)
1、藤沢小説のコンセプトを解説しているものがほとんどない。
2、 同  ダメさ加減を解説しているものもない。
 これはどういうことだろう。
 項目1のコンセプトについて、藤沢という作者のテーマやルーツを述べたものはある。
ましてや、作品群のあらすじについてなどは間違いなく司馬遼に勝って夥しい。
ただ、要するに「彼はこう言いたいのだ」という解説・講釈は“全くない”のである。
項目2に至っては全く皆無である。もっとも、自分の解説したくなる作者について「ダメさ加減」をいう論者はあるまいが。

 それは、こういうことかも知れない。
司馬遼の小説は、歴史的事実の解説を含んだ小説だが、藤沢のそれは時代に「場」を借りた人間ドラマ文学である、からだ。
だから、前者には「そうではあるまい」という異論が出易いし、又、出て当たり前である。
が、後者はおおかたが(創作)ドラマだから「感動した」か、「つまらん!」はあっても、
作者のコンセプトに反論しても始らない訳である。

 上の自論に沿えば、
司馬遼と藤沢周平を併記・比較することが土台ムリなのかも知れない。
「男」には持論を持ちたい時代(年齢)があると共に、論は持たず、受け入れる心情になる年齢もある。
また、その矛盾した両方がほうふつとして、せめぎ合うこともあるのだ。否、むしろ、そのせめぎ合いの中にこそ、男の心の遍歴があるのではないか。
 そして、この「論」を更に進めれば、
司馬遼の、戦後の荒廃の中から「国破れて山河あり」だけではないぞかし、を小説の形(カタチ)で世に問うた功績は計り知れないものがある。(と、評価できる)

 しかし、それはそれとして、藤沢である。
ただの巷の無名の「男」たちのガンバリ人生に、半ば宗教的・道徳的でもある色彩を与え、厚みのある達成感を与えたであろう「蝉しぐれ」や「風の果て」もまた出色なのである。
(注:下線のあるは、藤沢周平の代表作品である)
本邦の近代文学は、明治の漱石・鴎外の巨星によって、早すぎる高い頂(イタダキ)を持った感なしとしない。しかしながら、(吾が)藤沢周平の功績によって実り豊かな沃野を得た。
戦後ひたすら、経済成長の達成に心身をすり減らしてきた「男」たちが初めて見た「太蔵が原」の十万町歩なのではあるまいか。
(注:下線は、代表小説「風の果て」に出てくる藩の開墾地である)


目次へ↑

83.愛の不毛について

 愛について感じることが多い。考えることも多い。(ホントです)
だから、現代社会の愛の不毛について、どうしてもガマンならんこともある。
今日はそれを述べよう。

 まずは、現代の嘘っぽい事例から述べよう。
現代は恋愛が自由である。かつてはそうではなかった。結婚は古くは親どおし、家どおしで決めることが多かった。今は本人たちの自由である。だから、かつてより今は巷に若者の「愛」が満ちている。そう言われる。
嘘である。
 前半は歴史的事実だから虚偽ではない。問題は後半である。「巷には、若者の愛が満ちている」か? トンデモないウソである。
 断っておこう。セックス事例が満ちていることと、愛が満ちていることとは全く関連がない。かつて、本邦には売春防止法などという悪法は存在しなかった。
つまり、かつての方がセックスが巷に満ち溢れていたのである。

 現代の若者は、恋を知らなすぎる。何故か。
男と女を一緒に育てるからである。例えば、諸君。男と女の兄妹がセックスする例はない。まれにあるらしいが、それは異常性である。
女房とはヤル気にならないが、会社の女子事務員とはヤッテモイイナと思うだろう。
(思うはずだ。自分にウソはイカンゾ!)
これは、「性」にはどうしても略奪性や征服性があるからである。心理学的に証明できる。「不倫の愛は、間違いなく燃える」のだ、経験のないヤツには分かるまいがね。

 話がそれた。愛の不毛である。
結論的仮説を先に述べておこう。社会は進歩している、という大方のコンセンサスがある。
 「愛」はどうか。愛という人間心理は進歩してか。
特に本邦においては部分的にはゆがみ・不毛化してはいないか。これがテーマである。

 猿や類人猿は、たぶん恋愛を知らないだろう。
断っておこう。オスが発情期にメスを追いかけるのは恋愛とは言わないという前提である。
では、石器時代の人類はどうか。弥生時代になると、マアあっただろうなと想像できる。
歴史時代に入ってからは記録もある。正史にはないがなんとなく分かる訳だ。
そもそも婚姻という文化的習慣は動物にはない。ペットや競馬ウマの掛け合わせは婚姻とは言わない。支配者の横恋慕などでも、無理に分類すれば少なくとも動物の本能的発情行動ではない。
そこで、歴史をぐっと下る。
 近現代の愛は、少なくとも動物の本能的発情行動よりは進化しているか。
マア進化していそうである。ペットや競馬ウマの掛け合わせよりは進化しているか。家柄を選ぶのは掛け合わせに近くはないか?
 次に、あなたが結局同じ課の女子事務員と社内結婚に至ったのは、ホントに愛だったか。発情期の本能的行動とは言わないが、今が年貢の納め時とのアキラメ的政治判断ではなかったか。???
そこで、諸兄はカッとアタマに来る。
・・じゃあ、なにか! オマエのような見合結婚は何だ。競馬ウマの掛け合わせとどう違うのか、説明してみろ!・・―― 愛の不毛。 これは未完のエッセイである。 ――


目次へ↑

84.「流れる星は生きている」――藤原てい

満州引き揚げ小説「流れる星は生きている」は、戦後空前のベストセラーである。
作者は「藤原てい」。夫は作家の新田次郎氏である。(新田次郎の本名は、藤原寛人)
次男は藤原正彦。お茶の水女子大学教授で数学者、エッセイストである。正彦の一昨年の著作「国家の品格」は、約200万部の超ベストセラーだった。
(廻りくどいが、この藤原正彦エッセイが自分の手本エッセイの一つである。)

そんな縁で、今回は「流れる星は生きている」を取り上げる。
これは、主人公が満洲の気象台につとめていた夫(新田次郎)と離れ、幼子3人(6歳、3歳、0歳)をつれて当時の「満州国」の「首都」であった新京から、1年以上もかかって陸路、朝鮮北部を通って日本に引き揚げた実体験を綴った「小説」である。
当時のソ連占領地域の実態をあらわした記録として、当時から評判になった。

余談。新田次郎のペンネイムは、ナントカ新田(シンデン)の生まれだったので、そう名乗ったらしい。書いたモノが売れたのは奥さん=藤原てい の方が先なのである。
また、「流れる、、」は小説だから創作部分がある。(らしい)
ただ、筆者によればこの小説は遺言のつもりで書いたものである、とあとがきにある。
だから、子供3人に宛てての伝言がある。

さて、この小説の評論を述べるには、語彙が貧困な筆者にとってかなり難しい。
・・すごい、感動した。・・文字に残してくれてアリガタイ。・・戦争の語部(カタリベ)だ。・・そんな事を想う。
1、終戦後の混乱の唐突さ、ひどさ。
2、軍、国家、特に関東軍の卑怯、無責任なさま。
3、極限状態の人間が無道徳になるさま。
4、運命は自分で切り開くさま
5、親の子供への愛情の深さ
まあ、こんな事が書いてある。創作もあることになってるが、実録といっていいだろう。
ところで、体験者、本人にとっては項目4が一番印象的なのではないか。
この「実録」を読む限り、引き揚げの途中で斃れていった方々は、その本人には気の毒だが「運命だった」とは必ずしも言えない事もあるんじゃないか。――と、思ってしまう。―それほど、説得力がある。
人間は、生き延びる為には知恵の限りを尽くして闘うし、ウソもつく。脅しもするし、土下座もする。子供だって犠牲にするかも知れない。ましてや、他人なぞ、、、牛や馬と全く変わりなくなってしまう。わかる!(ような気がする)
しかし、そんな中でも人間の恩や、弱いものや気の毒な隣人への思いやりは、持ちたいし、そういう人たちもいるし、事実、存在したのだ。(そう、言っている。)
ミーハー的だが、「流れる、、、」を読むと、人間賛歌を覚える。
この「小説」が空前のベストセラーだったのは、単に極限的人間の悲惨さを、これでもかと見せつける反戦・政治文学ではなかった為ではないか。
軍や国家の卑怯・無責任な様子は筋立ての当初だけで、引き揚げが始まるとその事への愚痴すら出てこないのだ。自分と子供3人は、何としてしてでも日本へ帰るのだ、という壮絶で即物的な闘いの記録なのである。
生きるとは愚痴や解説を言う事ではなく、目の前にある困難とまず闘う事だと作者は連れ帰った子供に云い残したかったのだろう。
母が子に残す渾身の遺言 ――そう考えると、珠玉の一篇なのである。――


目次へ↑

85.文化防衛論−2

正月大発会以来、株価が下がりっぱなしである。
アタマに来たので、いろいろ云いたくなった。無論、経済理論などではなくイチャモンである。
最近の景気、経済あるいは社会情勢、あるいは人類の幸福度と言っていい。これらがひどく悪い。
なかんずく先進国において「悪い」。
何故か。誰が悪いか。どいつの所為だ。
ずばり、アメリカ合衆国のせいである。かの国は抹殺すべきである。少し云い過ぎか。
かの国の文化・経済のあり様は抜本的におかしい。間違いなく、アト30年以内に国家が破たんするだろう。米ドルの購買力はとめどなく下がり、国際収支の赤字は積み上がり、国民の一部は欧州や豪州に移り住むことになろう。
労働争議が頻発し、エネルギー・交通システムにボロが出る。あげく、軍隊の志気は堕ち、兵器が後進国に流れることもあるかも知れない。

もう少し、冷静に云おう。
資本主義、あるいは市場主義のツケが世界に蔓延せんとしている。世界は、近〃に保護主義の時代に戻るだろう。国々の外国為替は、国家が管理する時代になる。
無論、その前にどこかの国の経済が破たんするというミセシメが起こる。本邦でないことを祈るばかりである。
危ないのは、国家の規制が出来ない上に市場経済に走り過ぎている国家。カネはあるが市場経済・資本主義の恐ろしさを経験していない国家などである。
例えば、ロシア、サウジアラビア、イラン、そして中国である。但し、中国は共産党が強いから、国家・国民が破たんしようがどうなろうが軍隊で抑えてしまうだろう。
サウジアラビアの場合は、国家の破たんではなくて、王族の資産が目減りするだけで「クソッ」と残念がるだけだろう。暴れるだけの軍隊を持っていないのが、この場合幸いする。
ロシアかも知れない。ロシアは近年、危なかった。この経験からサブプライムローンなどに手をだしてはいないかもしれない。
やはり、危険なのは米国経済・米国市場なのだ。
かの国の民(タミ)は、意識的に国家からアホのままに据え置かれている。
今頃、大統領選挙で、富クジごっこのような事ではしゃぎまわっているのを観ればよく分かる。貧乏人と黒人がイラクでバカスカ死んでいるのに、だ。
今や、米国製の「モノ=物財」で世界に通用する(=米国製が一番いい)は、兵器くらいではないか。核兵器はあっても簡単には使えない。毒ガスと同じだ。
兵器産業は経済成長を促すというが、それは経済のパフォーマンスがいい場合=生産が再生産を産んでいる状態に限るのだ。近年の大日本帝国が軍艦の建造資金に四苦八苦したことでもあるし、北朝鮮の経済を観ればよく分かる。そのうち、米国は兵器生産が滞るほど経済力が落ちるだろう。
この数年、ユーロ通貨が値上がっている。中国元も上がっている。インドを初めとする開発国通貨も価値が高い。米国ドルだけ、ダメ通貨なのだ。
かの国は国家全体が中身のないバブルになっている。いずれ、ハジケて終末を迎える。

それで、最後にこれが言いたい。本邦の行く末である。いかなる犠牲を払ってでも、米国流、低俗金権文化からは距離を置くべきである。今こそ、国家主導で経済的・文化的独立を目指すべきである。文化立国という言葉がある。確かに、ヒトは文化だけでは生きられない。
しかし、かの国のように「カネと武力が何にも優先する社会」が人類の行きつく先とはとても思えないのだが、どうか。


目次へ↑

86.国策捜査

最近、興味ある見解に遭遇した。「国策捜査」論である。
国策捜査は、ほとんど東京地方検察庁特捜部(正式名称=特別捜査部)が行う。

建前論を全く省いて担当直入に述べると、政治家(例えば、田中角栄や鈴木宗男など)や異質な経済人(堀江貴文や村上世彰など)を世論の後押しなどでとっ捕まえて、やっつける人々である。本邦の要員、約2,000人。
役人だから、本来上役(建前は、法務大臣)の指示には、従わねばならない。
しかし、その上役=政治家をとっ捕まえることも役目だから、「個別事案に関しては、指示に従わなくてもいい」らしい。
では、基準はないのか。無論、ある。

基準は「法」である。―――ホントかいね?――そう思うだろう!
実際は、法の下にと言っても適用を厳しくするのか、ゆるやかな解釈に留めるのかでは、天と地ほどの違いがあるのだ。それくらいは常識で分かる。
そこで、その適用の基準(つまり、厳しくするのか、どうかと言う)は何か。
それは、世論なのだ。(らしい)

余談から入ろう。
世論はいつも正しいか、と言う余談である。ずばり言えば、世論とは間違ってる例が半分以上である。
時代によっては90%に達する。
この、常に半分以上は間違ってる世論を造り上げているのがマスコミである。
「造りあげる」が極端過ぎるなら、後押ししている。
何故そうなるのか。間違ってる方の意見が、一般に無責任で、過激で、嫉妬心を満足させて面白いからである。
つまり、よく売れる。(のだ)

さて、西欧の文化では「ゴッド=神」がいるが、本邦の神は「世間さま」である。
古くは幕末の「ええじゃないか」騒動。日露戦勝後のチョウチン行列。関東大震災時の朝鮮人大虐殺。
また、太平洋戦争前の満州熱〜敗戦後、アメリカ物質文化への大転換。
そして、戦後の成金騒動〜バブル景気。数え上げればキリがない。その延長線上に、今の衆愚政治がある、と言える。
まあ、それで国が滅ぶなら人類全体から考えれば「いわゆる一つの自然淘汰だから、それもいい」と言う意見もある。理屈では、分らないことはない。
しかし、世論が検察の基準です、と言われると????というのが今回のテーマである。

上記の論法で言えば、検察の後押しは世論であり、世論の後押しはマスコミである。
では、マスコミの後押しは何(誰)か? これなら分るだろう。おろかな大衆である。
つまり、「国策捜査」とは人民裁判なのである。やり方がどこかの国のように強引でなく、民主主義の形(カタチ)をとっているだけで、大衆の嫉妬心やガス抜きにその原因があることには変わりない。
古代ギリシャの衆愚政治、中世の魔女狩り、近代の植民地主義やイデオロギズム。そして最後が、民主主義と言う名のポピュリズムなのである。

結論を急ごう。
東京地検特捜部は「国策捜査」に堕している。正しい国策(=国益に沿った)ならば、それもいい。しかし事実は、世論という名のマスコミの論調によっている。マスコミ論調には戦前の宣戦論に見られるごとく、売らんが為の意見がある。
本邦の言いたい放題な民主主義は、かくの如く「行きつく処まで行きついた」気がするのである。
諸兄はそう想わないかね。


目次へ↑

87.夏目漱石論

司馬遼太郎論、藤沢周平論を書いたら、さる方面から論難にあった。
素人がナニを云うか、という趣旨だったと思う。おおきなお世話である。むっとしたので、逆効果を講じることにした。
もっと大それたことを云う。「夏目漱石論」である。

本名、夏目金之助。
明治元年(1868年)の前年に、江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)に生まれている。親は夏目小兵衛直克といって、代々町方名主だったというから庶民ではなかったようである。島崎藤村の親父の江戸版を想えばよかろう。
ただし、巡り合わせのようなものは甚だしく悲惨である。
子だくさんの上に末っ子で、母親が年老いてからの生まれらしくいわゆる「恥かきっ子」である。その為か、生まれてすぐに里子(サトコ)に出された、しかも二度も。
この「自分は里子だった」と云う運命は、漱石の心に抜きがたい開き直った精神をもたらしたと(自分は)解釈している。
文豪だろうが、一介の小市民だろうが自分の出生が両親から喜ばれたものか、そうでなかったかは、考えなくとも容易に想像出来るものがある。

生まれながら「どうともなれ!」の精神を持って暮さざるを得なかったのではないか。
加えて、生家は没落家系である。――漱石はその小説の中で、明治を「瓦解」と云っている。――彼にとって新時代がナニだったのか、よく分かる命名ではある。
その上、養父母もその実、頼りないを通り越した無頼漢だったようで、漱石が世間に名を挙げて朝日新聞社に超高級取りで入社した頃になっても、カネの無心があったというから相当なものである。
このように見ると、また違った漱石観が湧いてくるのである。これ以上は、裁判の冒頭陳述めくからヤメル。

さて、漱石文学である。
最近、ある理由があって「漱石」の初期ものを読み返した。簡にして、要を得ており、云う事に遠慮がない。思いきりがよくスピード感に満ち満ちている。
諸兄は「坊ちゃん」くらいは読んだであろう。次のくだりを見るといい。坊ちゃんが松山に赴任した直後、女中の清(キヨ=名前)に出した手紙の文言である。

・・「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」・・

これだけで、日頃のうっぷんがスッキリしませんか。
茶代が5円か。江戸っ子らしい。このときの坊ちゃんの月給が40円だから5万円位か。
無鉄砲な正義感と云う坊ちゃんの痛快な武勇伝だが子供むけではない。よく読めば、荒唐無稽な出来事は出てこない。(刀やピストルなし。死人、犯罪なし。全て普通人なのだ)
その上、文章がいい。自由闊達な筋立てと相まって、読んでいて飽きない。
この筋立ては、漱石が松山中学で英語教師をしていた頃の経験がベースになっているが、よって来たる小説のエッセンスは痛快性にではなく、むしろ精神性にある。
明治の町人=漱石(この場合、坊ちゃん)には、これだけのきっぷのよさがあった。町人なりの道徳、生きざま、人生観があったのだ、と思いたい。
ところで、漱石文学については文章論の方が専門家むけである。漢文(漢籍)、俳句、英文学の影響である。ただし、紙数が尽きた。次回に続く。


目次へ↑

88.中国の将来

「シナは生き残れるか」という題名の本があった(らしい)。中国のことである。
司馬遼太郎の書き物に出てくる。
列強に食い散らかされていた頃の「清国」の将来について論じた本である。

歴史の俯瞰ほど興味の湧くものはないが、歴史論も、比較文明論も自然の感情としては手前ミソになりがちなのは仕方あるまい。
当時、欧州の国々から見たアジアは、ともかくも異質である。異質である以上に「なぞ」であったに違いない。謎の本音は(たぶん)「恐怖」だろう。
有史以来(と、いつもの大上段に構える)、ヨーロッパ人種が自分達の東域の民族に「軍事的に勝った例は、あまりない」のだ。
古くは、フン族〜ゲルマン民族の侵入から、イスラムの侵入〜十字軍の遠征、蒙古の侵略まで、やむを得ずこっちから仕掛けたことはあっても、だいたいどこかで壁にあたって頓挫している。
ペルシャ(今のイラン、アフガニスタン)領域まで、やっとこさ侵略したのがアレキサンダー大王だが、これはローマ以前、紀元前の話でいわば伝説に近い。
それで歴史だが、東インド会社が東方に進出した果てに「インドの植民地化」があった。
イギリスがインド、オランダがインドネシア、フランスがインドシナ。くしくもすべて「インドなになに」なのは偶然ではあるまい。アレキサンダー大王はインドの手前で引き返しているからである。
東インド会社にとっては、大王でも阻まれたインドである。その先にある「シナ」(当時は清国)は更に恐怖と神秘に見えて不思議はない。
しかし当時、結果はこれほどのダラシノナイ国家が史上あったか、と云える程やられっぱなしだった。

途中経過を省く。
その中国が、今、隆盛=まさに龍勢である。昨年2007年末の外貨準備高は、昨年約45%増加して残高1兆5千億ドルである。(日本が、世界第2位で1兆ドル)
つまり、輸出でバカスカ稼いでいるのだ。
で、一方では国内の国民生活レベルでは、経済格差で約100倍と言ってよかろう。
カネの多寡だけが価値基準ではあるまいが100倍はでかい。本邦の購買力に引き直せば年収5000万円と50万円位のカンジではないか。
それ以外も悪口はひどくて、遵法精神がないといわれる。偽物が横行している。環境も悪い。物財やサービスの品質が悪い。(と、言われる)
自分は、、、、「しかし、、、、」と思う。そんなものは30年で無くなる。本邦の歴史が証明している。昭和20年と昭和50年。昭和30年と昭和60年。アナタが30歳時代と60歳定年時代の「差」はどうだ!

今や、「シナは生き残れるか」ではなく「中国は、いつ超大国になるか」ではなかろうか。
ロシアとインドは間違いなく開発国から脱しつつある。ロシアは資源、インドは人材と、よって来たる根本は異なっても、他国に真似のできないモノを持ってしてることは間違いない。
そこで、中国の「他国が真似の出来ないモノ」は何か。「中国共産党」であろうか。
蛇足だが米国は軍事・変革。EUは文化であろうか。
それでいつも想う。吾が日ノ本(ヒノモト)の「他国が真似のできないモノ」は何か? 
考えつかないから「神の国」を持ち出すようでは情けない。


目次へ↑

89.夏目漱石論―2 

 先般、この論を書いた(こちら)。その続きである。
吾が娘が小説好きで、およそ朝方まで何かを読んでいる。その後、その論評合戦が夕飯の話題になる。多く話題になるのが夏目漱石論である。
親父と娘、即ち男と女だから司馬遼論とか藤沢周平論にならないところがミソである。
本邦の天才文学者は誰か。これがその日の話題である。最高文学はどれか、でもいい。こんな超高度な話題である。

吾が食卓では、かつて三島由紀夫が囃された。「豊饒の海」である。――確かに、天才の手を感じさせる。
――しかし、ざっと三島文学を俯瞰すると、「この豊饒の海」以外に何がどれだけあるか、となると少しおぼつかない。
確かに、「仮面の告白」「金閣寺」を始めとする、今でいう芥川賞的な小説が数多くあるが、一般庶民にも解りやすいものかどうかは疑問である。更には、かの「死に方」である。
いくらなんでも庶民には解りにくい。のめり込みたくないなあ、という気がしてしまう。
もう一つ。三島は、自分から望んで川端康成の弟子になっている。であるくせに、川端先生とは生涯云わず、川端さんだった。何か、違和感を感じないか。こういう“カンジ”が小説からも匂ってくるのだ。

 漱石は、この三島に比較すると解り易く安心感がある。
仮に、のめり込んでも「奈落の底」まで連れ込まれる“カンジ”はしない。それは、漱石の文章・説明内容に「隠し事がない」からだと思う。
一般に、小説家はその作品全体で隠し事をする。隠し事で悪ければ伏線がある。最後はこんな筋立て、あるいは文章で読者を感動させてやる、という作戦があるのだ。考えようによれば、ない方がおかしいとも云える。
小説がその説明芸術性を主張するものとすればテーマがないのは、むしろ不自然である。単なる表現力では文豪に失礼である。古の“源氏“や平家物語でも”もののあわれ”や無常観を著わした。(と云われる)

 そこで、漱石文学は何を云いたかったのか、である。
一般に、「非人情」や「即天去私」がキーワードだが、平家物語の「この世は無常なり」の大テーマから比べると、チンマイ気がする。が一方、それだけに庶民にも解り易い。
  「女性」面から見てみよう。
最初に出てくるのが、坊ちゃんのマドンナである。続いて、虞美人草の藤尾。三四郎の美禰子である。ここまでは、漱石の気負いが感じられて初々しい。いやな女を対局に登場させて、主人公の清々しさを見せているのだ。単純だが、読後感が爽やかである。
が、この初期三部作以降ではどうか。「それから」の三千代はうって変わって楚々とした夫人に変身してしまった。が、それだけに返って、読後感は気だるい複雑な印象がある。しこうして、それ以降は「この気だるい、複雑な読後感」が止まらない。

  漱石文学は新聞小説である。この為、冒頭の秘められた伏線がなく、最後の完了感も希薄である。毎日読ませればいいからだ。題名すらいい加減につけられたものが多い。
漱石は1907年(明治40年)から、10年間、毎年1編づつ朝日新聞に新聞小説を書き続けた。日本経済新聞の、渡辺淳一性愛小説の明治版である。
それにつけても、死ぬまでの10年間(漱石の遺稿は、小説「明暗」である)、毎日毎晩、小説の続きを考え続けたのである。10年ですぞ、10年。
この間、読者は厭きることがなかった(らしい)。今でも吾が家の天才は夏目漱石である。
――お父さん!頑張ってね。天才でなくていいから。――吾が娘の応援が聞こえる。―


目次へ↑

90.花見の会

 今年の花見は派手だった。合計3回の大宴会になった。
  一回目。恩師の墓参りを兼ねて、東京は国立・府中地区まで出かけた。
二回目は名にしおう隅田公園である。三回目が北区王子駅前は、飛鳥山。いずれも人気(ジンキ)の違いがあって、すこぶる興味深い。

総合的にみれば、名所・旧跡を従えた隅田公園にかなうものはない。
江戸名所図会の隅田川であり、春のうららの隅田川である。浅草から言問だんごの言問橋まで行って、桜橋を対岸へ渡る。
ところで、向こう岸―墨田区向島の方がより下町風で、懐かしい感じがする。おかみさんの出で立ちと顔達で分かる。―ホントです。―
町内会が花見桟敷を出している。町内会のおかみさん数人が世話役である。かっぽう着を着ている。これがいい。色が白い上に、化粧がさっぱりしている。下町は忙しく、汗をかくから厚化粧が出来ないのだ。
・・おばさん、美人だね。ひなにも稀ななんとやらだな。ハッハッハ、――
・・あら、いやだ。お上手ですねえ、、、――
散りゆく花びらがコップ酒の中に入り込んで「さくらざけ」になる。三味線の効いた「東京音頭」が耳に心地いい。次第に増し始めた陽光が自分の身体の中まで沁みとおるようだ。
・・おっと、この場所とりシートはなんだ。とっぱらっちまえ! ほれ!――
・・あっ、そりゃまずいすよ。会社の名前が書いてあります。――
・・あるから、よけいアタマに来るんだ。昼間っからなんだ。仕事をしろ、仕事を。――
自分が、昼間から酔っぱらってるのは棚上げである。
そして、時の春の嵐は酒の酔いをすっ飛ばしてくれる。と、まあ、隅田の小宴会は延々と続いたのでありました。一幕目、終わり。

次。飛鳥山は既に江戸花見図絵に出てくる。
今は、JR王子駅裏にある丘の上と云えばよく分かる。王子製紙の創立者、渋沢栄一の記念館がある。たぶん、この丘の一画に翁の別宅があったのでないか。
蘊蓄その1。
東京都北区である。北区の雄は、赤羽と王子である。「王子のキツネ」の王子の方が古いが、今は赤羽の方が断然差を付けている。赤羽は関東大震災以後の街である。震災を逃れた難民は、ほとんど東と北に向かった。北の難民は、赤羽で河に行く先を阻まれたのである。荒川だ。その荒川の南の土手下に住み着いたのが、赤羽の住民である。
因みに、赤羽以降(下流)の分流が大川=今の隅田川である。

隣のコースに行ってしまった。飛鳥山に戻ろう。
「超」花見である。秀吉の「醍醐の花見」もかくやと、これほどの多人数がすべて酔っているのを見たのは何年ぶりだろう。東京ドームの10倍くらいの面積いっぱいに酔っぱらいがいる。踊り子がいる。女がいる、男がいる。
しかも、驚くべし。全て、庶民流の酒池肉林である。壮観と云わずしてなんと呼ぼうか。
有り余った酒も、喰い物も、はたまた持ち込んだ宴会の道具類(なんと、カラオケ機器まである)。子供のおもちゃ、財布だって置きっぱなしである。
そんな、無人のエリアが何か所もある。ホントですぞ。
諸兄。欧米文化に洗脳されたる者よ。この本邦文化を見よ。 
権利とか所有権とか。資産とか経済性とか。それはドコの国の話かね。そんな国にどうしてもしたいのか。どうしてもなら、まず、この飛鳥山で、本邦の、この庶民文化をまっとうに解釈してから、何らかを述べて欲しいものである。


目次へ↑
←前へ 07 次へ→
© 2008 S43