第二編 第一審
第一章 搜査
本章においては、すでに應急措置法で確立されたところを踏襲し、これを詳細に規定したにとどまる部分が多いが、又、新らしい制度を取り入れた点も少しとしない。
一 司法警察制度(一八九、一九○)
まず、司法警察制度であるが、本案においても、現行法通り、司法警察の制度を存置した。然し、新警察法によれば、自治体の吏員である警察吏員があるので、これをも包括して從來通り司法警察官吏[#「官吏」に白丸傍点。32-12]という名称を用いるのは適当でないので、総括的名称としては、司法警察職員とし、從前の司法警察官に相当するものとして司法警察員、司法警察吏に相当するものとして司法巡査の名称を用いた。
而して警察法上の警察官及び警察吏員は、本案第百八十九條によりすべて司法警察職員となり、森林、鉄道その他特別の事項についての所謂特別司法警察官は、本案第百九十條に基く司法警察職員指定法によつて司法警察職員として指定されるわけである。
本案においては、司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を搜査するものとすると包括的規定を設けているだけであつて、司法警察員又は司法巡査の権限の差異に関し特に定義的規定は設けなかつた。その権限の差異は、本章中にそれぞれ規定があり、要するに司法警察員は、個々の事件の搜査の主宰者であつて、逮捕状その他の令状の請求権及び逮捕した身柄を釈放すべきか檢察官に送致すべきかの決定権は司法警察員に與えられており、搜査を遂げ、事件を檢察官に送致すべき義務も司法警察員に負わされているのである。警察官及び警察吏員中いかなる階級の者を司法警察員とし或は司法巡査とするかは、各都道府縣國家地方警察及び各自治体警察の実情に即して、これを決定するのが適当であるので、他の法律又はそれぞれの公安委員會の定めるところに讓つたのである。
二 檢察官の搜査指示乃至指揮権(一九三、一九四)
警察法の根本原則であるところの警察の地方分権化との調整を図るため、司法警察官吏[#「官吏」に白丸傍点。34-2]の搜査はすべて檢察官の補佐又は補助としての搜査であるとする現行法の建前を改め、司法警察職員を獨立の搜査主体と改め、これに第一次搜査責任を認めるとともに、檢察官の搜査指揮権を合理化し、公訴を実行するために、必要な犯罪搜査の重要な事項に関する準則を定める一般的指示権、搜査の協力を求めるため必要な一般的指揮権及び檢察官の行う搜査の補助をさせるための指揮権の三者としたことは、先に法務総裁がその提案理由説明において説明した通りである。
公訴を実行するため必要な犯罪搜査の重要な事項に関する準則は、現行の司法警察職務規範に相当する。一般的指示権は、かかる準則即ち職務規範を定めるものに限られる。搜査の協力を求めるための一般的指揮権とは、廣く一般的に犯罪搜査計画方針を立て、これに協力を求めるための一般的指揮権である。檢察官が自ら犯罪を搜査している場合であると否とを問わない。
檢察官の行う搜査の補助をさせるための指揮権とは、檢察官が特定の犯罪を搜査している場合に、直接その指揮下に入れて搜査の補助をさせるための指揮権である。
搜査手続が國家刑罰権の実現を図る刑事手続の第一段階であることは論を俟たないところであつて、この搜査手続自体が法に適つて遂行されなければ、正義の顯現もこれを期し難いのである。搜査手続自体を法に適つて執行せしめるためには、檢察官の指示又は指揮は絶対に必要である。殊に現在の司法警察官の質的低下を考えるならば、本案の如き指示又は指揮権は絶対の要請であり、且つ実情に即したものと考えられる。
檢事総長、檢事長又は檢事正は、司法警察職員が正当な理由がなく檢察官の指示又は指揮に從わない場合において必要と認めるときは、その懲戒又は罷免の訴追をすることができるのであるが、この訴追とは、單なる請求とは異り、この訴追があれば当然懲戒又は罷免の手続が開始されることを意味するのである。
三 被疑者の取調(一九八)
本案においては、檢察官、檢察事務官又は司法警察職員は、犯罪の搜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができるのであるが、この場合、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合以外は、出頭を拒み、又は出頭後も何時でも退去することができるものとし、更に檢察官等は取調に際して被疑者に対し、あらかじめ、供述を拒むことができる旨を告げなければならないものとした。これは從來稍もすれば行われがちであつた自白の追求を防止し、憲法第三十八條第一項の趣旨に從い、被疑者の人権を保障するため、特に規定を設けたものである。
四 被疑者以外の者の取調(二二三、二二六、二二七)
本案においては、檢察官、檢察事務官又は司法警察職員は、犯罪の搜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を囑託することができるのであるが、この場合これらの者は前述の被疑者の場合と同様に、出頭を拒み又は何時でも退去することができるものとした。これは憲法の精神に從つてこれらの者の人権を保護するために規定を設けたものである。然し犯罪の搜査上重要な証人が出頭又は供述を拒んだ場合には搜査に支障を生じ、個人の人権を保障することによつてかえつて公共の福祉に反する結果を來すので、斯る場合は第一回公判期日前に限り、檢察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができるものとした。而して若し、その者が裁判官の尋問に対し、正当な理由なくして更に出頭又は供述を拒んだ場合には、総則第十一章証人尋問の規定に從い、罰則の適用を受けることになるのである。
更に檢察官等の取調に際して任意に供述した者が、公判期日においては、他から圧迫を受けて供述を飜す虞があり、しかもその者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、証拠を保全するため、第一回公判期日前に限り、檢察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができるものとした。
五 逮捕並びに公訴提起前の勾留期間(二○八II)
被疑者の逮捕手続については、令状による場合、緊急逮捕の場合及び現行犯逮捕の場合と何れも應急措置法におけると同様であり、達捕より公訴提起までの手続についても亦同様である。唯、應急措置法の下においては、檢察官が勾留の請求をした場合には、その日から十日以内に公訴の提起をしなければ直ちに被疑者を釈放しなければならないことになつているが、本案では、やむを得ない事由がある場合は、この期間を総計十日以内に限り延長することができるものとした。これは将來の搜査においては、自白の偏重を避け傍証の集収に重点が置かれるため、搜査に從來よりも多くの日數を要する場合があることが予想されるので、やむを得ない事由のある場合に限り、裁判官にこの期間の延長を請求することができるものとしたのである。
六 準現行犯(二一二)
準現行犯については、本案の規定するところは現行法と趣旨において同様である。唯、現行法の下においては、犯行時と逮捕時との時間的関係が稍々廣く解釈せられているが、本案では、現行法の準現行犯たる事由の外、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときに、これを現行犯人とみなすこととし、犯行時との時間的関係を明らかにした。これは現行犯の本質上かように犯行と時間的に接着する場合のみを準現行犯とすることが相当であると思われるので、この点について現行法により稍々狹く規定したものである。
七 身体檢査令状の請求(二一八)
檢察官、檢察事務官又は司法警察職員が、犯罪搜査のため行う差押、搜索又は檢証については、裁判官に対して令状を請求し、これによつて行わなければならないことは應急措置法と同様であるが、特に身体の檢査を行う場合には、檢査を受ける者の人権を保護するため、身体檢査令状によることを要するものとした。身体檢査令状を請求する場合には、身体の檢査を必要とする理由及び身体の檢査を受ける者の性別、健康状態等を裁判官に示すことを要し、裁判官は、身体檢査を受ける者の人権を保護するために、身体檢査に関し適当と認める條件を附することができるものとした。
八 尊属親に対する告訴告発の禁止の撤廃
現行法においては、祖父母又は父母に対しては告訴又は告発をすることができな[#「な」は原文では「は」。39-1]いことになつている(現行二五九、二七○)のを、本案においては、この禁止規定を撤廃した。尊属親に対する告訴、告発の禁止は、從來我が國の淳風美俗に基くものとせられたものであるが、「すべて國民は法の下に平等である」とする新憲法の下においては、これを削除するのを適当と認め、本案には規定しないこととしたのである。
九 告訴の取消(二三七)
現行法においては、告訴は、第二審の判決があるまではこれを取り消すことができるのであるが、本案においては、告訴の取消は公訴の提起前に限るものとした。これは一旦被害者が告訴をし、これに基いて公訴が提起された以上、事件は國家の手に移つたものであつて、その後において、なお裁判所における訴訟手続の進行が告訴権者の意思によつて左右されることは適当でないので、告訴の取消は公訴の提起前のみに限ることとしたのである(二三七)。
十 外國の代表者等の告訴又はその取消の特例(二四四)
告訴又はその取消は、檢察官又は司法警察員に対してなさるべきものであるが、刑法第二百三十二條第二項の規定により、外國の君主又は大統領に代つてその國の代表者が名誉毀損の告訴又はその取消をする場合、及び外國使節に対する刑法第二百三十條(名誉毀損)又は第二百三十一條(侮辱)の名誉毀損罪についてその使節が告訴又はその取消をする場合には、特に外務大臣に対してこれをすることができるものとした。これは國際外交上の觀点より、かかる特例を認めることが相当であるからである。
第二章 公訴
本章も数点において重要な改正がなされる。
一 公訴の時効(二五○)
公訴の時効については、刑法第百八十五條、單純賭博罪の短期時効を廃止し、これを通常の罰金にあたる罪として、三年の時効期間に改めた外、拘留又は科料にあたる罪の時効期間を六月より一年に延長した。これは單純賭博罪については、特に短期時効を認める理由に乏しく、拘留、科料にあたる罪については、六月の時効期間は短かきに失すると認められるからである。
二 時効の停止(二五四、二五五)
現行法においては、公訴の時効は、公訴の提起、公判の処分又は現行法第二百五十五條の規定によりなされた判事の処分により中断するのであるが、本案においては、時効の中断の觀念を棄て、時効の停止の觀念を全面的に採用し、時効は公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違反又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始めるものとした。但し、起訴状の謄本が適法に被告人に送達されなかつたため公訴の提起がその効力を失つたとき時効は停止しない。なお、犯人が國外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達ができなかつた場合には、時効は、その國外にいる期間又は逃げ隠れている期間は、その進行を停止するものとした。これは現行法の如く公判の処分又は判事の処分により時効の中断を認めるとき[#「き」は原文では「ま」。41-7]は、これらの処分により繰り返し時効は中断され被告人に不利益であるのみでなく、手続も繁雜であるから、むしろ時効の中断の觀念を排して時効は公訴の提起によりその進行を停止するものとしたのである。なお時効の中断の觀念を排する結果、犯人が國外にいる場合又は國内において逃げ隠れているため起訴状の謄本が送達できない場合その間に時効が完成し遂に公訴提起が不可能となることを防ぐ[#「ことを防ぐ」は原文では「こぐとを防」。41-11]ため、かかる期間は時効は進行を停止するものとしたのである。
三 起訴状(二五六)
公訴の提起は、起訴状を提出してこれをするのであるが、起訴状には、被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項、公訴事実及び罪名を記載し、公訴事実については、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して訴因を明らかにし、罪名については、適用すべき罰條を示して、これを記載しなければならないものとした。而して公判の裁判は、後述する如く、訴因を明示して記載された公訴事実に対してなされるものであるから、檢察官は、必要に應じて、同一公訴事実について數個の訴因及び罰條を予備的に又は択一的に、記載することができることとした。
更に、本案においては、公判中心主義を徹底し、且つ、当事者訴訟主義を廣く採用した結果、公判期日前に裁判官に、事件につき予断を抱かしめることを防止するためかかる虞のある書類等は一切起訴状と共に提出することを禁じ、起訴状は、現在行われている如く搜査書類を添附することなく原則として單独に提出されることとし、その記載内容についても、かかる虞のある書類等の内容を引用することを禁じたのである。
四 告訴人、告発人又は請求人に対する檢察官の処分の通知及びその理由の告知(二六○、二六一)
現行法の下においては、告訴事件については、檢察官は、その処分の結果を告訴人に通知することになつているが、本案においては、これを廣く、告発人、請求人にも廣め、更に若しその事件について公訴を提起しない処分をした場合においては、告訴人、告発人又は請求人の請求があれば、その不起訴理由を告げなければならないものとした。これはかかる告訴人、告発人又は請求人は、その事件の処分に対して種々の利害関係を持つているものであるから、その処分結果を通知し、又若し請求があれば、不起訴理由をも、告げることが適当であるからである。
五 刑法第百九十三條乃至第百九十六條の罪(職権濫用、暴行陵虐)についての公訴の特例(二六二−二六九)
いわゆる人権蹂りん事件即ち刑法第百九十三條乃至第百九十六條の罪について、告訴又は告発をした者は、檢察官の不起訴処分に不服[#「不服」は原文では「不期」。43-8]があるときは、その檢察官所属の檢察廳の所在地を管轄する地方裁判所に、事件を裁判所の審判に付することを請求することができるものとした。この場合当該地方裁判所がその請求について審理した結果、若し請求が理由あるものと認めて事件を管轄する[#「管轄する」は原文では「管つた轄」。43-11]地方裁判所の審判に付する旨の決定をすると、そのときにその事件について公訴の提起があるもの[#「あるもの」は原文では「あもの」。43-12]とみなされる。而してこの事件については、弁護士の中から指定された者が、その公訴の維持に当るものとしたのである。これはかかる種類の犯罪については、檢察官の処分が公正でない場合があるやも知れぬことを慮り、特に公訴の提起に代る手続を認めたものであつて、その事件の公訴維持についても、これと檢察官の責任において行わしめることなく、裁判所によつて指定された弁護士をして担当せしめることとしたのである。
第三章 公判
総説
公判殊に第一審の公判が如何なる構造を持つかによつて、訴訟法全体の骨格が定まるということができると思う。その意味において、今回の改正に際しても、特に重点をここに置くとともに、被告人の基本的人権の保障と実体的眞実の発見と公平なる裁判所の迅速な公開裁判の実現との三つの要求を如何に調和せしめるかについて愼重なる考慮を拂つた。從來の公判に関する規定は、裁判官の識見と力量とに信頼を置いている点が多く、その意味で、運用によつては勝れた裁判を期待することができたのであるが、一面その運用宜しきを得なければ、公判の手続が形式的に流れ、書面審理の弊を生ずる虞があつた。然も、実際の運用を見るに必ずしもその弊なしとしない状態であつた。そこで今回の改正では、公判の手続及び証拠に関する規定にかなり根本的な修正を加え、その結果、從來の規定は、その面目を一新したと申しても過言でない。
次に、その内容の主なる点を
一 公判開廷前の手続
二 開廷の條件
三 公判期日における手続及び証拠
四 その他
の四項に大別して説明する。
一 公判開廷前の手続
(一)起訴状の謄本の送達(二七一)
裁判所は、公訴の提起を受けたときは遲滯なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならないこととした。起訴状は、その後の公判手続の基礎となるのであつて、裁判所は、起訴状に記載された事実の存否を審判するのであり、被告人はこれに対し防禦の方法を講ずるのであるから、被告人の保護のため、この制度をとることにしたのである。勿論、すべての事件について必ず起訴状の謄本を送達しなければならないとすることについては、論議の余地もないとはいえないが、送達の方法については具体的場合に應じて便宜な方法もとり得るのであるから、敢えてこの改正を行うこととしたのである。
(二)公判開廷前の勾留に関する処分(二八〇)
次に起訴後第一回の公判期日までの間に公判裁判所をして事件の内容は深く関與せしめることは、前述の如く、起訴状には証拠を添附し又はその内容を引用してはならないという原則に反することとなるので、起訴後第一回公判期日までの間に生ずべき勾留に関するいろいろな処分、例えば勾留の理由の開示、保釈、勾留の執行停止等の処分は、公判裁判所をして取り扱わしめず、他の裁判官に行わせることとした。
(三)公判期日の変更(二七六、二七七)
次は、公判[#「判」は原文では「別」。46-10]期日の変更について愼重な手続を経なければならないこととした点である。現在、公判期日の変更は裁判長の自由裁量となつているため、種々の事情があるものとは思うが兎角、その変更が容易に行われ勝であつて、そのため審理の期間が長びく嫌があるのである。しかし、それは迅速な裁判を國民に保障せんとする新憲法の精神に反するので、本案においては、期日の変更は、裁判所が行うべきものとし、更に訴訟関係人の意見を充分聽かなければならないものとするとともに、裁判所がその職権を濫用して期日を変更したときは、訴訟関係人から司法行政上の監督権の発動を促すことができるものとした。
二 公判開廷の條件
公判開廷の條件についての主な改正点は、被告人又は弁護人の出頭の要否に関する規定に重要な変更を加えたことである。
(一)被告人の出頭(二八四乃至二八六)
先ず、被告人の出頭であるが、現在は、罰金以下の刑にあたる事件については、すべて被告人の出頭を要せず、又如何なる事件についても、判決宣告の際には、被告人の出頭を要しないことになつているが、判決の宣告は、現在においても決して軽々しく考えるべき問題ではなく、被告人に対し裁判所の最終の見解を示す意味において、被告人の出頭を要するものとするものが望ましいのである。そこで本案では、第一審の判決がいろいろな意味で著しく重要性をますこととなる点をも考慮し、五千円以下の罰金又は科料にあたる事件以外は、判決宣告の期日には、必ず、被告人の出頭を要するものとした。しかし、五千円以下の罰金及び科料にあたる事件以外は、すべての公判期日に被告人の出頭を要するものとするのも妥当でないので拘留にあたる事件については、判決の宣告をする場合、長期三年以下の懲役又は禁錮にあたる事件及び五千円を超える罰金にあたる事件については、公判の冒頭即ち起訴状の朗読及びこれに関する被告人側の陳述の行われる場合の外は、裁判所は、被告人が出頭しないことを許し、その不出頭のまま公判手続を進行させることができるものとした。この場合にも、裁判所は、勿論被告人の出頭を命じ得るのである。その他の事件は、公判の冒頭から判決の宣告まで、すべての公判期日に被告人の出頭を要するのである。
(二)弁護人の出頭(二八九)
次に弁護人の出頭であるが、現在は、死刑、無期及び短期一年以上の有期の懲役又は禁錮にあたる事件については、必ず弁護人の出頭を要し、もし弁護人がないか又は出頭しないときは、國選弁護人を附することになつているのであるが、これでは、大多數の事件が弁護人なくして開廷し得ることになるのであつて、被告人の弁護に充分でない憾があるばかりでなく、今回の改正で、公判の手続がかなり複雜となり、然も、法律的知識を要する場合が多くなるので、長期三年を超える懲役又は禁錮以上の刑にあたる事件については、すべて弁護人を要することとした。
三 公判期日における手続及び証拠
檢察官の起訴状の朗読にはじまり、証拠調を経て、論告及び弁論に終る手続の大綱は、本案においても、現行法と大差はないのであるが、公判手続に関する規定が複雜となつたため、公判期日における裁判長の訴訟指揮権の適切な運用に期待しなければならない点が極めて多いので、その法的根拠を明確に規定することとした外(二九四、二九五)証拠に関する規定即ち証拠能力及び証拠調に関する規定について、かなり根本的な修正を加えることとした。蓋し、証拠こそ、事実認定の基礎をなすものであり、事実の認定こそ、法令の解釈にもまして刑事裁判の中心であるにもかかわらず、現行法はこの点について極めて僅かな規定を設けているにとどまり、他は、あげて裁判官の自由裁量にまかせていた。然も裁判官のこの点に関する自由裁量権の運用は必ずしもすべて適切妥当であつたとはいいえないからである。そこで、まず、証拠能力に関する規定を説明し、その後で、証拠調に関する規定について一言したい。
(一)自白(三一九)
新憲法は、強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は[#「は」は原文では「に」。49-14]拘禁された後の自白の証拠能力を否定している。これは、任意になされたものでない自白を証拠としてはならないという意味であるから、その趣旨を明らかにする規定を設けた(三一九I)。
更に、新憲法は自白を唯一の証拠として有罪の認定をしてはならないことを規定している。この点については最高裁判所の判例によつて、公判廷における自白には、この憲法の規定は適用されないということになつているのであるが、仮に憲法の解釈が判例のいう通りであつても、公判廷における自白だけで有罪の判決をすることは危險であり、又実際には、公判廷における自白以外に犯罪事実の存否に関し全く他に証拠となるべき資料のない事件は殆んどないので、実務の上において[#「て」は原文では「こ」。50-8]も、判例の解釈通りにしなければならない必要もないので、憲法の解釈は判例によるとしても、法律では、公判廷における自白であつても、それだけでは有罪とされないことを明らかにした(三一九II)。
これに関連し、英米に行われている罪状認否即ち公訴事実について有罪か無罪かを尋ね、有罪の申立があれば、証拠調に入らず、そのまま判決の言渡を行い、無罪の申立があつたときに、はじめて証拠調を行ういわゆるアレインメントの制度は、その純粹な形のものは、その申立が自白でなく、民事訴訟法の認諾的性質を持つものであるとしても、認諾ということは刑事裁判の本質に反するばかりでなく、自白だけでは有罪の認定をしてはならないという憲法の規定の精神にも反するものであり、又仮に憲法の規定との調整をはかり、多少変形した形態のものを工夫してみても、被告人の保護に薄い嫌いがあるので、今回の改正では、このアレインメントの制度は採用しないこととした。
(二)調書等の証拠能力
次にいわゆる聽取書又は尋問調書等の人の供述に代わるべき書面の証拠能力については、從來から最も問題のあつたところであるが新憲法施行前においては、聽取書と尋問調書とを区別し、聽取書は、区裁判所の事件についてのみ証拠能力が認められていたのであるが、尋問調書にせよ聽取書にせよ証拠能力がある限り、被告人が如何にその信用すべからざることを主張しても、有罪認定の資料とすることができることになつていた。しかし、新憲法は、被告人に充分な証人を尋問する機會を與えなければならないことを規定しているので、刑事訴訟法の應急的措置に関する法律によつて、聽取書たると尋問調書たるとを問わず、被告人から請求があれば、供述者自身を公判期日に喚問し、被告人に充分その供述者を尋問する機曾を與えなければならないことを規定した。しかし、供述者の公判期日における供述と聽取書又は尋問調書の供述記載とが喰ひ違つても、その何れをとるかは、裁判官の自由な判断に委ねられていたのである。憲法実施のための應急的措置としては、それで憲法の要求の最少限度を充していると思うのであるが、今回の改正に当つては、新たな見地よりこれを再檢討することとした。
(三)傳聞証拠の禁止
周知の通り、英米においては、傳聞証拠の禁止に関する証拠法上の原則がある。本人の述べたことを記載した書面又は本人の述べたことを聽き取つた者の供述を証拠とし得るのは、本人を喚問し得ない場合に限るのである。それは本人を喚問する方が最も直接的であり、被告人も又充分に反対尋問をする機會が與えられることになるからである。本案においてもこの原則を採用することとするとともに、その例外に関する規定を詳細に定めることとした。第三百二十一條以下の規定がそれである。
次にその内容をやや詳しく述べることとする。
(1)參考人に対する聽取書(三二一I)
(イ)第一は、被告人以外の者の作成した供述書
例えば、始末書の如きものと、被告人以外の者の供述を録取した書面でその者の署名又は押印のあるもの、例えば參考人に対する聽取書については、これを裁判官の面前における供述を録取した書面と檢察官の面前における供述を録取した書面とその他の書面の三種に分ち、何れの場合にも、供述者を公判期日又は公判準備において取り調べ得る場合には、必ず取り調べることを要することとし、その上で前後の供述に喰ひ違がある場合には、裁判官の面前におけるものについては、その何れをとるかは裁判官の自由裁量とし、檢察官の面前におけるものについては、前の供述即ち檢察官の面前における供述の方が後の供述即ち公判期日又は公判準備における供述よりも、より信用すべき特別の情況の存するときに限り、前の供述即ち書面の記載の方を証拠にとり得るものとし、その他の書面、例えば司法警察員の聽取書の如きは、供述者が公判期日又は公判準備において取り調べ得る限り証拠とすることができないばかりでなく、取り調べ得ない場合にも、その供述が犯罪事実の存否にとつて欠くことのできないもので、然も、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものでなければ証拠にならないことにしたのである。
(ロ)檢証調書等(三二一II III IV)
檢証の結果を記載した書面についても裁判官の檢証の結果を記載した書面とその他のものとを分ち、裁判官の檢証の結果を記載した書面は、そのまま証拠となるけれども、その他のものについては檢察官、警察官等が証人に立ち、その書面の眞正なことの証明をしなければ証拠とすることができないものとし、鑑定書も同様とした。
(2)被告人に対する聽取書等(三二二)
第二に、被告人の作成した供述書、例えば、上申書の如きものと、被告人の供述を録取した書面で被告人の署名又は押印のあるもの例えば被告人に対する聽取書の如きものについては、証人の場合とやや異り、その内容が被告人に不利益な事実を承認しているものである場合例えば犯罪事実を自白している場合か或はその供述が特別に信用のできる事情のもとになされたものである場合に限り、証拠とすることができるのである。かように証人の場合よりも被告人の場合の方が聽取書の証拠能力が廣く認められているのは應急措置法第十二條にもその例があるのであるが、証人は法廷において供述の義務があるのに反し、被告人は完全な默祕権を有するので、搜査の段階における聽取書に証拠能力を全然認めないとすれば、事実の眞相を発見するための手掛が全くなくなるということ及び被告人は搜査の段階においても取調の冒頭において供述拒否権があることを告げられるのであるから、その後自己に不利益な供述をしていれば、それは眞実であることが多いということにその根拠があるのである。勿論かような被告人の供述が任意になされたものでない疑があるときは、証拠とならないのであり、裁判所は証拠調前にこの点を調査しなければならないことも特に規定を置いてその趣旨を明らかにした(三二五)。
(3)その他の人の供述に代わる書面(三二三)
第三に、その他の書面でその性質上人の供述に代わるべきものについては、公務員が職務上証明することができる事実について作成したもの、商業帳簿の如き業務の通常の過程において作成されたものの外、特に信用すべき情況の下に作成された書面例えば日記帳の如きものに限り、証拠能力を認めることとした。
(4)傳聞の供述(三二四)
第四に、人が被告人又は第三者の供述を聽いてその内容を述べることは、文字通り傳聞であつて、前述の聽取書を提出する場合と異らないので、これについても.聽取書の場合と同様な制限の下においてのみ証拠となし得るものとした。
(5)訴訟関係人に異議のない書面又は供述等
以上があらたに設けられた証拠能力に関する規定の最も重要な部分である。訴訟関係人に異議がない場合には勿論かような制限によることを要しないばかりでなく、(三二六)檢察官及び被告人又は弁護人が合意の上ある文書の内容又はある証人の供述の内容を書面に記載して提出すれば、その文書又はその証人を取り調べないでも、提出された書面を証拠にすることができることにした(三二七)。これは、訴訟経済を図つた規定である。
(6)反証としてのみ使用できる証拠(三二八)
以上の規定によつて証拠とすることができない書面又は供述であつても、証人等の供述の証明力を爭うためにはこれを使用することができるのであつて、例えば、警察官の聽取書であつても、証人が法廷で前言を飜がえした場合には、その聽取書を提出して、法廷での供述の信用すべからざることを立証することができる訳である。しかし、仮にかような立証ができても、この[#「こ」は原文では「に」。56-12]聽取書を直接に事実認定に用うることはできない。單に反証としてのみ使用し得るに過ぎないのである。
(四)物証
物的証拠が從來通り証拠となることはいうまでもない。
証拠調
次に証拠調について一言する。
(一)請求又は職権による証拠調(二九八)
訴訟の形式が從來よりもかなり当事者主義的になる関係から、証拠調は、檢察官、被告人又は弁護人の請求をまつて行われるのがいままでよりも強い意味で原則となるが、しかし、裁判所も職権で証拠調を行うことは勿論できるのであつて、当分あらたな訴訟形式に習熟するまでは、職権による証拠調に期待すべき点も少くないと思はれる。
(二)証拠調請求の予告(二九九)
証人等の取調を請求するには、あらかじめ相手方に如何なる証拠の取調を請求するかについてその氏名及び住居を知る機会を與えなければならないこととし、証拠物、証拠書類については、これを閲覽する機会を與えなければならないこととした。相手方に異議を申し立てる機会を確保せんとする趣旨である。同様に、裁判所が職権で証拠調の決定をするには、両当事者の意見を聽かなければならないものとした。
(三)檢察官の冒頭陳述(二九六)
かくして、請求により又は職権で証拠調を行うのであるが、裁判所は、事件の内容を深く理解しないで法廷に臨むため、手続の進行に混乱を生ずる虞があるので、檢察官は、証拠調の冒頭において、これから何を立証せんとするかを明らかにしなければならないものとした。[#「した。」は原文では「し。」。58-4]
(四)証拠調の範囲、順序、方法の決定(二九七)
又裁判所も、当事者の意見を聽いて、あらかじめ又は手続の適当な段階において、証拠調の範囲、順序、方法を定めることができることとし、以て手続の円滑なる進行を期することとした。
(五)証拠調の方式
(1)証人等(三〇四)
証人等の尋問の方式については、いわゆるクロッスエクザミネーションの方式を採用することも一應考慮したが、英米の如き長い歴史を有するところでは相当な成績を挙げていても、これをいま直ちにわが國に取り入れることについてはなお多くの研究を要する点もあるので、証人等は、一應從來通り裁刑長又は陪席の裁判官が先に尋問し、次に請求した当事者が尋問することとした。しかし、場合によつてはこの順序を変更し、請求をした当事者をして先に尋問せしめることもできることとし、運用の妙に待つこととしたのである。
(2)証拠書類及び証拠物(三〇五乃至三〇七)
証拠書類及び証拠物の取調については、その性質に鑑み、請求者をして朗読せしめ又は展示せしめるのを相当と考え、從來の規定を変更した。
(六)被告人の取調(三一一)
最後に被告人の取調であるが、從來の如き形式の被告人尋問は当事者としての被告人の地位にふさわしくないので、これを改め、公判の冒頭において、起訴状の朗読が終つた後、裁判長から默祕権及び供述拒否権があることを告げた上、なお被告人が供述を拒まない場合にのみ随時その供述を求め得るものとした。
四 以上が公判期日における手続の大綱であるが、なお公判に関連して、二、三の改正された点を述べて置きたい。
(一)起訴状の変更(三一二)
その一は、起訴状の変更である。起訴状に訴因及び罰條を正確に記載すべきことは前述したが、公判の途中において、公訴事実の同一性を害しない限度において、訴因及び罰條の変更を許し又は裁判所が変更を命じ得ることとした。これは、ある訴因について証明がなければ裁判所は無罪の言渡をしなければならないのであるが、一旦無罪の言渡があれば事実が同一であるかぎり再び別の訴因では公訴の提起ができないからである。それは、憲法第三十九條の一事不再理の規定から來る結論である。例えば、詐欺を訴因として起訴した後、証拠調の結果恐喝と認められれば、檢察官から訴因の変更を申し出で又は予備的に恐喝の訴因を追加すべきことを申し出ることができ、又裁判所も檢察官に訴因を変更又は追加すべきことを命ずることとなるのである。勿論かような訴因の追加変更等によつて被告人の防禦に實質的不利益を生ずることをさけるため、適当な期間公判手続を停止して被告人に充分な防禦の準備をさせなければならないこととした。
(二)第一審判決と保釈及び勾留(三四三、三四五)
その二は、保釈又は勾留の執行停止中の者について、禁錮以上の実刑の宣告があれば、その確定をまたず、保釈及び勾留の執行停止はその効力を失うこととするとともに、無罪、免訴執行猶予等の判決があれば、やはりその確定をまたないで、勾留状の効力が消滅することとした。これは、一審判決があるまでは被告人は無罪の推定を受け、多くの場合保釈を許される権利を持つが、一旦一審判決で有罪ときまれば、その後はかような推定を受けるのは妥当でないという思想に基くのである。殊に今回の改正においては、第一審が從來にもまして愼重となる結果、かような考え方も許されるものと思う。勿論一旦保釈がその効力を失つても裁判所の裁量によつて保釈を許すことはできるのである。
(三)仮納付(三四八)
その三は、仮納付の裁判である。これは、罰金、科料又は追徴の裁判を言い渡す場合に、判決の確定をまつてはその執行をすることができないか又はその執行に著しい困難を生ずる虞があるときに、判決確定前その金額の仮納付を命ずるのである。判決が確定すれば、その限度において、仮納付の金額は確定判決の執行とみなされ又超過金は返還されること勿論である。[#「ある。」は原文では「わる。」。61-21]
目次へ
第一編・総則へ
第三編・上訴へ
第四編・再審ほかへ
|