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■現在地:ホームリレーエッセイ

■リレーエッセイ

混声合唱団「響」チェコ演奏旅行記(最終回)

阿部 祐一(Iクラス)

5月24日(日)
     天気は快晴。ミラン君とお父さんの案内で観光。湿度は低く、そよ風も心地よい。初夏のヨーロッパの清々しい空気を胸いっぱい思い切り吸い込む。まず「わが祖国」に描かれた「高い城」を目指す。地下鉄を降り早足の二人に遅れぬようについてゆく。駅のそばにひときわ大きな建物がある。「昔共産党本部だったところです」。なるほど市街を見下ろすような威圧感たっぷりの建物だ。「プラハの春」ではここを舞台にソ連を後ろ盾とする守旧派と、ドプチェク大統領率いる人間の顔をした社会主義を標榜する改革派が熾烈な権力闘争が繰り広げられていたのだ。今その建物に鮮やかなブルーの「PANASONIC」の文字が躍っている。事件から既に40年の歳月が過ぎた。権力の象徴だった共産党本部に日本の家電メーカーのマークが付くなどと誰が予想したろう。

     モルダウ川を見下ろす高台のこの地にプラハで最初のお城が建てられたという。城というよりは砦のようなものだったろう。いずれにしてもプラハが歴史に登場する第一歩がここだった。それゆえスメタナも「わが祖国」に「高い城」という曲を選んだものである。景観を楽しみながら一回りする。赤茶色の瓦の家並みが川の両側に連なる。教会の尖塔がところどころにアクセントとしてそびえたつ。豊かな木々の緑が屋根の美しさを際立たせる。モルダウが静かに悠然と街を貫いている。

     立派な教会があった。見事な装飾を施した墓石が並ぶ。ここはチェコの国家的な英雄、芸術家、政治家が葬られているところだそうな。ミラン君がスメタナのお墓を見つけてくれた。ドヴォルザークのお墓は見つからず。どうもドヴォルザークには縁がない旅行だ。スメタナの曲しか演奏しなかったせいかもしれぬ。

     そこから河畔に下る。ミラン君のお父さんがモルダウ川のクルージングをセットしてくださっていた。デッキに上がると、昨日一緒に歌ったイギリスの合唱団の皆さんが乗っている。「いやいや、奇遇ですなぁ。」ガウデンテス合唱団の方々もいる。ホームステイを引き受けたガウデンテス側のご招待のようだ。さすが英国人、早くも午前中からビールのジョッキをしっかり握っている。どの顔も演奏会場の表情とは別人。はじけるような笑顔でクルージングを楽しんでいる。抜けるような青空。川風が優しく頬をなでる。そう、今日はまさしく「ビューティフル・サンデー」。船から見上げるプラハの景色は又格別の趣がある。豪壮な国立劇場始め歴史を感じさせる建物が両岸に並び立つ。あっという間の1時間半。

     市街電車でガタゴト揺られてミラン君の家に戻る。お母さんの心づくしの手料理である。豚肉、ジャガイモなどをゆでた家庭料理。貴重な休日の午前を費やしてのお料理である。和やかな会話、楽しいひと時。午後はミラン君とガールフレンドのエヴァさんが、車で、100KM離れた古城に案内してくれる。高速道路をかなりのスピードで飛ばす。高速を降りてからもビュンビュン飛ばす。山あいの美しい道なのに景色を楽しむどころではない。居眠りする気にもならない。急ブレーキも二度や三度ではない。山道をかなり登って着いたのはカルルシュテイン城。14世紀に建てられた小ぶりのお城。ビールの醸造所もその昔からあったそうだ。さすがビールの本場。ガイドの時間が決まっていて我々は最終回。なるほどミラン君がすっ飛ばしてきた理由はこれなのか。

     せっかくのガイドだがすべてチェコ語。ところどころミラン君が英語で説明してくれる。拷問の部屋は小さな窓がついただけの土間。頑丈な樫の分厚い扉が外界から隔離している。本物の拷問の道具、器械が置かれている。何やら亡霊の悲鳴が聞こえてきそうな気がしてきた。領主の生活をしのばせる品々、狩りの成果を誇らしげに見せている獲物の剥製など、おとぎ話に出てくるようなお城の展示品に、束の間のファンタジーを味わった。時間はいつの間にか夕方5時。日はまだまだ高い。帰路もやっぱり追い越し専門。疲労と眠気には勝てない。命を預けて目をつぶる。

     夕食後しばらくおしゃべり。話題は日本人科学者が3人ノーベル賞を受賞したことに及ぶ。お父さんが「信じられないすごいことだ。日本の科学者は優秀であることに定評がある。チェコはまだまだだ。大学の研究機関と、政府系の研究機関が予算の奪い合い、縄張争いに血眼になっていて、研究が疎かになっている今の状態を改めない限り将来は暗い。」とおっしゃる。クラゲの発光物質の抽出で受賞した話になった。生物学者の美人の彼女はすぐにインターネットでアクセスし「これだ、これだ。」と言いながら熱心に読みはじめた。ミラン君も寄り添って覗き込んでいる。顔が近付いたと思ったら「チュ、チュ」。仲良きことは美しき哉。
    
5月25日(月)
     今日も快晴。ホテル集合7時10分。早起きして慌ただしく朝食を頂き、お別れの挨拶もそこそこにミラン君にホテルまで送っていただく。ご両親とエヴァさんはいつまでも手を振って見送って下さった。

     7時半ホテルを出発、ユネスコの世界文化遺産の街「チェスキークルムロフ」を目指す。バスは緩やかな起伏の麦畑、菜の花畑を左右に見ながらひた走る。早起きと連日の疲れが出たのか、うつらうつらしながら妄想が浮かぶ。「あの丘の上からナポレオンの騎馬軍団が連隊旗をなびかせて襲いかかってくる・・・、いやドイツ軍のタイガー戦車隊が轟音をあげて殺到してくる・・・。」三本立てB級映画を見すぎた半世紀前の受験時代の後遺症である。

     地図で見るとチェスキークルムロフはオーストリア国境にほど近い町である。リンツまではすぐそこ。プラハに戻らず同じ距離を進めばもうウィーンに着いてしまう。またしても思い返す。冷戦時代、この距離が無限大にも思える距離としてチェコの人々を自由から隔てていたのだと・・・。そして超えようとした多くの人々の命を代償として今の自由があるのだと。それは半世紀もたたぬ前のことなのだ。

     昼を回るころようやく目的地に到着。バスは市内には入れない。待ち受けていた日本語のガイドさんについて駐車場からぞろぞろと移動。別なバスからは中国人の団体がおりてきた。日本の団体もいる。アジアの時代だ。360度、前後左右、どこを見ても童話の挿絵みたいな町だ。こじんまりした山合いの街であり、戦略的にも重きを置かれぬ場所だった故に戦火に合わずこの景観を今日まで伝えてきたものだろう

     今夜はオペラ鑑賞が控えている。折角の訪問だがゆっくり見ている暇はない。せかされながらの昼食である。メニューはマス料理。せっせと食べる。こういうときサラリーマンの特技「早食い」が役立つ。帰途につくわずかの合間に「おいしいワインを買いたいけれど、無理かな?」とガイドさんに聞いてみた。「イヤすぐそこに僕の行きつけの店があるから行ってみます?」しめた、これでフォックスに戻れるぞ。「5分で買うから頼む。」かくてお勧めブランド2本をめでたく購入。

     暮れなずむころプラハに帰着。強行軍だった。早速、長時間のオペラ「アイーダ」にそなえて、現地日本料理屋特製の稲荷ずしが配られる。大急ぎでお腹に詰め込み始める。口をもぐもぐさせ、ブレザーに着替える。いつものネクタイを締める。旅先でのコンサートはこの組み合わせ。気合を入れて出発準備完了。

     バスを降りてモルダウ川を渡る。照明がうっすらと灯る夕暮れのプラハはまた格別の趣がある。そぞろ歩きを楽しむには絶好の気候である。ロマンチックな景色を惜しんで皆でスナップ写真を撮りあう。そして劇場に到着。船から見上げたのがこの劇場だ。国家と民族の威信をかけて建設した建物である。決して巨大ではないが、オペラ劇場としては申し分のない規模である。黄金に輝く内装も、長い歳月をかけて磨き上げられた座席や手すりの木の感触が、開演前から心を浮き立たせてくれる。モスクワのボリショイ劇場、ドレスデンのゼンパー、ロンドンのイングリッシュ・ナショナルシアター、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場などと比較しても十分そのアイデンティティーを主張できる素晴らしい劇場である。

     本日の出し物はヴェルディの代表作のひとつ「アイーダ」。メトロポリタン歌劇場の贅をつくした演出で一度見たことがある。さて今日はどんな演出で楽しませてくれるのか。プログラムを見ると歌手はいわゆるビッグネームではない。でもプラハで歌うのだから実力を備えた歌い手であろう。徐々に客席も埋まり期待は膨らんでくる。さあ、指揮者が登場、タクトが下された。

     生のオペラを久しぶりに堪能した。さすがに歌手のレベルは高く、とくにアムネリス役のエヴァ・ウルバノヴァと将軍ラダメス役のオレグ・クルコが印象に残った。プログラムを読むと、お二人とも世界の主要劇場で活躍している由。劇場の規模とバランスの取れた演出も楽しめた。また良い思い出が一つできた。長距離のバス旅行とオペラで疲れがずっしりのしかかってきた。ホテルに目をこすりながら戻る。

5月26日(火)
     出発前小学生の孫との約束を果たすべく、ホテルのショップに駆け込む。チェコのマリオネットを土産にする約束だ。何年か先に僻まれても困るのでまだ1歳半のチビ助の分も買う。慌ただしくバスに乗り込む。ジョージ氏、ズデナさんが見送りに来て下さる。心から歓迎して下さったことに感謝するのみ。記念撮影もそこそこにお別れの時間となる。9時50分プラハを飛び立つ。

     ジュネーブまでは皆一緒。ここで日本に直行する組とスイス観光に回る組とに分かれる。11時過ぎジュネーブ着。スイス観光組はバスでジュネーブ市街に入る。しゃれたレストランで昼食。皆さん疲れも見せず健啖ぶりを発揮している。おかげで私も食べやすい。

     グリンデルワルトを目指してドライブ。途中から天気は崩れ出した。ルツェルンは豪雨、しばらく待ったがとても観光に出られるような状態ではない。雨に光る道をまたひた走る。夕方グリンデルワルト到着。
    
5月27日(水)
ユングフラウヨッホ観光。夕方5時から野外コンサート。これが最後のステージ。小さな銀行の前での演奏。ご褒美に銀行の支店長さんから筆記用具を頂く。小学生になった気分。

5月28日(木)
最終日は駆け足で時間が過ぎる。チューリヒの渋滞は大誤算。チェックインもぎりぎりでクリア。最後に予定したお土産を買い損ねてしまう。辛うじて免税店でチョコレートと赤ワインを買うことができただけ。

5月29日(金)
7時50分成田着。旅は終った。

その後の出来事
     シャウティングフォックスの練習に復帰するや、狡賢い狐どもは、猫なで声(狐が猫でもあるまいが)で「ワイン買ってきた?」とささやいた。「ハイハイ買ってきましたよ。でもね、早いとこ飲み会してくれないと家に来たお客に飲ましちゃうよ。」「そりゃ困る。じゃ飲み会を2週間繰り上げるとしよう。みんないいね。」「でもお土産はそれだけなの?」「しょうがねぇ、スイスで買ったサラミソーセージも出しますよ。」「そうこなくちゃね。」かくてチェコの白ワインとスイスの赤ワイン、それにスイスのスーパーで買ったサラミは狐の胃袋に消えていった。猫に小判、フォックスに上等の酒。

以上

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古い宮殿での合同演奏会 プラハ空港にて  
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